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ゼロから始めたんだから、ゼロに戻るだけ

ぼくが楽ちんに生きているのは「不安」がないから。では、「不安」はどこから来るかというと「失うかもしれない」という思いから。「失う(lose)」は「手に入れる(get)」とメダルの表裏。「お金をたくさん稼ぎたい → たくさん稼いだ → 失うのではないか」こういう不安をもつ人は、100円持っているときより1億円手にしたときのほうが不安が大きくなる。つまり、幸せ度数が下がる。「手持ち資金、100円ですわー、ワハハハハハ」と笑っていたときのほうが「ついに1億達成!」の瞬間より幸せなのだ。

ぼくは著名ブランド企業出身とかディズニーランドでミッキーマウスやってましたとかいう看板なしに独立した。お金はなかった。ほんとうになかった。つまり、「失う不安」なしに始めた。起業って、「足していく」過程なんだけど、ぼくはその間、「失う」ことも多かった。むしろ「失う」ことのほうをじっと見つめてきた。だから、失う痛みや不安、よくわかる。

でも、世の中が循環だと気づいてからは、失う不安が消えた。

いまぼくの手元を離れても、やがてまた循環して戻ってくる。それはそのままではなくて、違う形になってたりするけど。

失うことへの不安を、執着という。執着は、何ひとついいことを生まない。皆無。ゼロ。執着って、時制、過去なんだよね。過去が現在から、やがて未来からエネルギーを吸い取る。

ゼロから始めたんだから、失っても、スタートラインに戻るだけ。また始めればいい・・・ぼくはそう思ってる。だから、何が起きても、笑っていられる。「そうきたか(笑)」

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『大地』第一巻。主人公王龍(ワンロン)は何も持ってなかった。働いて、汗流して・・・やがて大地主になる。子どもに恵まれ、愛人も。

生涯の最後に近づいた彼の心境は、こうだ。

王龍はこれで自分の生涯も、一巡したのだと思った。彼は、その生涯に成しとげてみせると言ったことを、みんな成しとげた。そして夢にも思えなかった多くのことまでできた。どうしてそうなったのかはわからないが、できたのだ。これからはいっさいのわずらわしさから離れて平和になり日向ぼっこしながら居眠りができるだろう。

日向ぼっこしながら居眠り。これって、お金かからない。王龍が人生で戦い、傷つけた多くの人たちの涙も、要らない。要らないんだよ。でも、だからといって、何もせずに日向ぼっこしながら居眠りしていたらいいかというと、そうでもないのが人生なんだけど。起こることは起こるし、流す涙は、流れるんだけど。

でも、「ゼロから始めたんだから、ゼロに戻るだけ」という考えは、持っていたほうが楽になれる。そう思ってます。

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大吉どーーーーーーん!!!!
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ビジネスの世界に「JOY+WOW+LOVE and FUNの総量」を増やしたい作家・哲学起業家(フィロソフィー・アントレプレナー)です。JOYWOW創業者。https://twitter.com/kjoywow 僕のnoteは全て無料です!