見出し画像

オフ・ブロードウェイ

ディーン&デルーカを初めて知ったのはニューヨークだった。日本にもあれば良いのにと言いながらデリを購入した。
友人と訪れたその街で、その夜私は恋に落ちた。大いなる自惚れを含んで言い直せば“私たち”は恋に落ちた。27歳の時だった。私は舞い上がった。彼にコンヤクシャが居ると知るまでは。

失恋などいつもの事と気持ちを抑え込んだが、いつまでたっても彼が好きだった。思いを伝えなかった事を後悔した。女神の前髪だったと気づくのはいつだって取り返しがつかなくなってからだ。

水出しコーヒーがカラリと音を立てる。渋谷ストリームのディーン&デルーカからは四角い空が見える。ビルの鏡面に雲が流れる。ここは2019年の渋谷だ。街も人も立ち止まらない。
今夜は西京漬けの鮭を焼いて夫が好物のポテトサラダを作ろうか。ひとりの思考は行き来が自由だ。過去への小旅行はもうおしまい。今の私には知らぬうちに晩の献立を悩むような心安があるから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?