6月5日
座ってた椅子は後ろに傾き、僕は真上を見る格好になった。
先生は僕の口に、ハイチュウのような、いやもう少し固い粘土のようなものを入れ、歯形をとる。
先週から高校3年の頃以来の歯医者通いが始まった。
診断は顎関節症。口を大きく開けるとあごが痛い。原因は寝てるときの歯ぎしりと歯のくいしばり。僕は考え事をするとき、歯をぐっと噛むくせがある。それの積み重ねで顎が悲鳴をあげた。
人生初のマウスピース。ボクサーになった気分だ。
「やっぱりその仕事はストレスが多いか?」
先生は僕が芸人であることを助手から聞いたらしい。
「どうなんでしょうね。へへ。」
受付をしてくれたベテランの歯科衛生士さんも
「仕事ぼちぼち戻ってきてる?」
と次回の予約を案じてきた。
みんな僕のことを知っていたんなら、歯を見る前に言って欲しかった。
ボクサーになれるのは2週間後、僕は歯医者をあとにする。
帰りにコンビニでカップラーメンと手巻きの納豆巻きを買う。
レジに持っていくと、傍にあんがはみでんばかりのどら焼きが100円という値札を背負って、僕を見ている。
歯医者終わりの大量あんこは、最高の罪悪感というスパイスで、僕の食欲を爆発的にそそらせる。
言うまでもなく、デザートとして会計をすました。
なぜレジのそばにあるものは手を伸ばしてしまうのだろう。今、もう一度大学に通えるなら、卒論でその研究に没頭したい。
そしてそのレジの横にあるような存在になりたい。
そう思った6月の昼下がり。
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