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西へ向かう三蔵

 春先に斉天大聖が街に戻ってきた。どこもかしこもその噂で持ちきりだった。

「それじゃ頼みの綱のボーイスカウトですら除隊になったわけだ」猪八戒が言った。

「パパが言うにはね」

 なんでも脱走して地の果てまで逃げたつもりで、立ち小便をしたところが釈迦の手のひらの上だったらしい! そう僕が話すと猪八戒は汚ならしい声を上げて笑った。

「お前ら」僕らの座るテーブルへ、店の制服姿の沙悟浄が来た。「ポテトとコーラでいつまで粘るつもりだ。食い終わったら帰れ」彼は放課後をほとんどアルバイトに費やしている。貧乏な家に金を入れるためだ。

「沙悟浄、良い所へ来た! 実はお前を待ってたんだ。バイト上がったら斉天大聖のところへ行くぞ」

 猪八戒の言葉に、沙悟浄はしかめ面で僕の方を見た。僕はかむりを振った。こいつ、そっとしとけって言っても聞かないんだ。

 その晩僕たちは斉天大聖の家の前に集まった。二階にある部屋の窓に猪八戒が臆面もなく石をぶつけてみるも、反応なし。だがこんなこともあろうかと、僕は家から無線機を持ってきていた。二百以上の特許が売りの、アンテナ伸縮自在の優れモノ。この街で持ってるのは僕と斉天大聖だけだ。

 ややあって無線に出た斉天大聖は涙声だった。

「孫悟空、泣いてるの?」

「……バカ言え。俺は斉天大聖だぞ」

 気まずい沈黙が流れた。斉天大聖の父親は頻繁に彼を殴る。そこへ猪八戒が僕の手から無線を奪い取って、

「降りて来いよ、斉天大聖。俺たち今から楽しいとこへ行くんだ」

「楽しいとこってどこだよ」

「天竺さ! 兄貴から聞いたんだ! どうしようもないような気分でもそこへ行けばスカっとするんだと。俺たち今からそこへ行くつもりだったんだ。そうだよな?」

 僕と沙悟浄は顔を見合わせた。全く猪八戒はいい加減なことばかり言う。

【続く】

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