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記憶のレモンパイ

『ココパームス』
というお店が、昔、青山にあった。らしい。


記憶にないくらい幼い頃
わたしは、ここのレモンパイが好きで

お店のことは、大人になってから聞いたので
店名も、お店の様子も覚えていなかったのだけど

そのレモンパイの味だけは、覚えてる。

きゅん!と酸っぱくって、さわやかなレモンクリームの
アメリカンサイズの、大きなパイ。

確か、チョコレートのパイもあったはず。


家族みんな大好きだったはずなのに、すごく幼い頃の思い出しかない。

もしかして、わたしの夢の中の食べ物だったんじゃないかと思って、ある日、母に聞いたら、「あ、覚えてる!?美味しかったわよね。あのお店がね、閉店しちゃったからなのよ」と。



  ◆


こどもの頃の、味の記憶、というのは、鮮やかだ。

わたしには、今さっき食べました、というくらいに、思い出せる味が、いくつかあって、そのうちのひとつに、バスキン・ロビンスのダイキュリーアイス、というのがある。


どこに出かけても、ソフトクリームを買ってもらったり、ウェハースの添えられたバニラアイスをこよなく愛していたわたしが、「わぁ!大人の味!」と夢中になったアイスだった。

ミルクの甘さのない、きゅっと締まった味。
ブルーに近いペパーミントグリーンの色合い。
シャーベットのようなキレのある感じ。

大好きだったフルーツのシャーベットとも、ちょっと違う、なんだか「大人!」と感じさせてくれるアイスだった。


  ◆

時間の流れとともに、好きなものは移り変わり、大人と言われる年齢になって、あの頃のアイスのこともケーキのことも、すっかり忘れてしまっていたある日

友人宅にあそびにいくのに、何か持っていこうと思って、ふと思いつき、懐かしいバスキン・ロビンスに寄ったところ

目の端にうつったのは、ダイキュリーアイス。
「まだあったのね。食べてみよう!」と思った。


あの頃の、懐かしい、大人の味。


ドキドキしながら、口に含んだ味はーー

残念ながら、こどもの頃に感じていたのとは違って、思っていたものよりも、かなりかなり甘かった。


  ◆

こどもの頃の、味の記憶というのは、鮮やかであり
あの頃の記憶にしかないものがある

ということを、知った。



記憶の中のレモンパイは、もう食べることができないけれど、もう一度食べてみたいと思うのと同時に、思い出だけというのも悪くないのかなとも、少し思うようになってきた。

上書きしないで、あの頃の家族との思い出と一緒に、箱にしまっておくのも、いい気がして。



あれから、レモンパイはほとんど食べてない。
大好きだからこそ、自分の「これ!」に出会いたいから、簡単に手を出せない。

懐かしい味に憧れながら、今年の夏は、新しい懐かしさをつくれたらいいな、と思う。

そして、ずっと、あの味を懐かしみながら、追いかけていこう。

わたしにとってレモンパイは、一生、憧れのケーキかもしれない。


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