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「元引越屋」の静子さん

引越屋で長いこと働いていた、静子さん(仮名)がパートとして仏壇屋に入ってきた。口数が少ない大人しい人で、年はアラフォーくらい。

華奢な体型で、ちょっと大きな段ボールすら持てそうにない人だった。

なので、静子さんは働いていた引越屋で、事務員をやっていたことが容易に想像できる。というか、男でもキツイ引越作業を女性がするのはちょっと考えられない。

そんな当たり前のことが、ひとりだけわかっていない人がいた。若山富三郎そっくりの社長である。

★★★

ある日、仏壇の配達が同じ時間に二件と、用事が一件くらい重なってしまい、配達の人手が足りなくなった。

日時変更をすればいいのだが、仏壇配達の場合、「その日に住職が来て、開眼(仏壇に魂を入れる行事)をすることが決まっている」ということが多々あり、このときも変更ができなかった。

どうしてもひとり足りない。それを知った社長は飛んでもないことを言い放った。

「静子さん、配達行ってくれ」

仏壇の配達は大変だ。重たい仏壇を持ちつつ、階段を上ったり、仏間に置いたり。

男でもそれなりの力とコツがいる仏壇配達は華奢な静子さんには到底無理だ。

社長はなんでそんなことを言ったのか。理由はすぐにわかった。

「静子さんは元引越屋やろ。タンスとか冷蔵庫とか運んでたんやから、仏壇も大丈夫」

社長は大変アホなのであった。

私は慌てながら言った。「静子さんは元事務員だから、仏壇なんて持てないと思いますよ」

「んなワケない。重いモノ持てん引越屋なんかおらん!」

めっちゃ怒られた。「んなワケない」はこっちのセリフだ。

社長はタイガースとゴルフの知識しかない。乏しい知識から放たれた言葉は、どんなにアホなことでも、この店では絶対的な力を持つ。我々は黙ってひれ伏すしかない。

しかも、一度言ったことは絶対に曲げない。口癖は「ワシのやり方は絶対に変えん!」という変化の激しいこの時代で、一番言ってはいけないセリフだった。

こうなると、なにを言ってもダメ。長い付き合いで、それは社員全員が理解している。

本人から言ってもらうしかない。「私は仏壇みたいな重いモノは持てません」と。社長の機嫌は悪くなるが、勇気を出して言ってくれ。静子さん!

静子さんはモジモジしながら、言った。「は、はい……わかりました」

こうしてヘタレの私と、十キロの段ボールすら持てない静子さんとの仏壇配達が決まったのであった。

パート2につづく

#エッセイ #仏壇 #パート #社長

働きたくないんです。