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100年フライパンの情熱

持ち重り、という言葉が好きです。持ち重りする林檎の実。持ち重りする薔薇の花(これは丸谷才一さんの小説)。(持ったことありませんが)持ち重りする金の延べ棒。さて、持ち重りするフライパンの話です。

日本有数の料理道具街、東京・かっぱ橋で1912年に創業した飯田屋には、超マニアックで専門的な道具が所狭しと並び、世界中の料理人と料理好きが集まります。そんな老舗の6代目、飯田結太さんには「世代を超えるほど長く使い続けられるフライパンをお客さまに届けたい」という夢がありました。

多くの一般家庭で使われているフッ素加工フライパンはこびりつきづらく、手入れのしやすさから人気ですが、耐用年数はわずか1~2年。フッ素がはがれてくると用をなさず、消耗品としてゴミとなります。料理道具を愛する飯田さんに、それは堪えがたい悲しみでした。

鉄製などフッ素加工していないものをきちんと手入れしても「10年から30年がせいぜい」と飯田さん。300種類以上のフライパンを扱い、多くののフライパンを使いこなしてきた彼の結論です。

「100年使えるフライパンをつくりたい」と考えた飯田さんは、さまざまなメーカーに声をかけて100年フライパンの夢を語りました。けれども、そのたびに返って来るのはつれない言葉の数々。

「できるわけがない」
「そんなものつくったら、買い替え需要がなくなってしまう」
「いいけど、そんなロット数じゃ話にならない」

しかし、飯田さんの熱意が一つの出会いを生みました。洋食器などものづくりのまちとして知られる新潟・燕市の洋食器・厨房機器メーカー、フジノスの丸山俊輔さんが飯田さんの思いに耳を傾けてくれました。同社は従業員30人ほどの小さなメーカーですが、世界で初めてIHクッキングヒーター用鍋を開発した高い技術力を誇ります。

丸山さんは飯田さんの提案を社内に持ち帰り、会議に諮ったそうです。「小さな商いかもしれませんが、当社の技術力が試されている。ならば、それに応えたい」と、同社で18年にわたって製造にあたってきた技術者、佐藤友昭さんに開発のバトンが渡りました。

着手から3年、試作を繰り返して完成したのが飯田屋オリジナル「エバーグリル」です。直径26センチ、ステンレス製、持ち手一体型のそれは重さ1.6キロ。同型の最も軽いタイプだと400グラムと言いますから、およそ4倍。分厚い肉をしっかりと焼くのに適した一品です。

特徴は、中心から放射線状に刻まれた数えきれないくらいの打ち目。まるで小判の茣蓙目模様のようであり、晩年のゴッホの線描画法のようでもあります。

佐藤さんが一日がかりで一つしかつくれないそれは、一つひとつが異なる表情を持つ一点もの。「在庫のエバーグリルをすべて見て、時間をかけて選んでくださるお客さまもいらっしゃいました」と飯田さん。

価格は2万5000円。「本当は300年でも使える耐久性がありますが、それを実証できるのが私に続く何代目になるかわかりませんから」と飯田さんは笑い、「100年は絶対に使い続けられます」と断言します。

ならば、1年当たり250円。1年そこそこで寿命となるフッ素加工フライパンよりお得なのです。さらに、そこに使い手の思いや歴史というプライスレスな価値が次の世代につないでいけます。

今では飯田屋を代表する看板商品として、料理を愛する人たちに支持され、次々と使い手の元へと旅立っているとのこと。作り手であるフジノス、伝え手である飯田屋、両者の情熱と技術が結実した「エバーグリル」には、小さな者ができる、そしてやるべき商いがあります。

「名もなき職人が実用のためにつくり、庶民の日常生活の中で使われてきたものこそ美しい」とは、民藝の父、柳宗悦。きわめてシンプルで、優れた民藝が持つ“用の美”すら感じさせるフライパンを見ながら、そんなことを思いました。

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