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起きた自分をあやしてる。

一日の中で朝が一番しんどい。

まず目が覚めたら襲い来るのは不快感である。布団をかければ暑いが、横によけて体を出すと寒い。また、頭がぼんやりとする。ひどいときには頭痛か腹痛のどちらかもセットで来る。

そして胸のあたりにあるモヤモヤとした謎の蟠り。これが一番厄介だ。こいつがただただ「不快だ」ということを私に伝えてくる。暑いだの寒いだの、仕事に行きたくないだの起き上がりたくないだのと、繰り返し訴えかけてくる。ただ、面白いことに胸のあたりを掴んで「ちょっとどいてね」と声をかけ横に移すと、本当に物理的につまんでよけたかのように気持ちが落ち着く。悲しくてたまらない気持ちや、体がある以上感じる不快感の全てを過敏に捉えていた何かが私からズルリと抜けて横で泣いている。

どういう事情なのかは分からないが、この泣いているやつがここのところずっといる。こいつはジェスチャーでつまみ出せるほどの弱さでありながら、しぶとくこちらにしがみついてくる執念深さを持っていた。また、音楽が好きなようで、スマホで曲を流すとだいたい大人しくなってくれる。

また、同居している恋人はそんな私に対して、かなり受け入れの方針であるらしく「子供が二人で暮らすと大変だねぇ」と自分も子どもサイドに含めてなにか達観したことを言っている。そして、うんうん、と感慨深そうに頷いた。今日私が泣いているときは「どうしたのぅ!」と言って駆け寄ってきてから、ベビーベッドの上でくるくる回ってるやつのモノマネをしていた。あれは下から見ると案外面白くないと噂には聞いていたが確かに下から見ると大して面白くはない。ただ、パントマイムでくるくる回る動物を適当に表現しながら恋人は回っていた。

そのうちガラガラでも持ってくるのではないかと心配である。もうそうなってしまっては、朝ガラガラであやされてから出勤する人になってしまう。

「そう言えば、赤ちゃんって自分の声がうるさくて泣いてるって話があるよ」

泣いていながらも、理性は理性として持っているので私は蘊蓄を述べた。

「え『うるせーーー!』って泣いてるの?」

「そう。おしゃぶりをすると泣き止むのにはそういう理由もあるそうな」

「『静かになったな』ってなるのか」

「そういう感じ」

調べたところによると大人用のおしゃぶりは存在するらしい。別に私はうるせぇから泣いているわけではないので、必要は無いと判断した。それに、朝おしゃぶりを加えて落ち着いてから出勤する人になってしまう。そこまでくればいっそアイデンティティとして、赤子から社会人までを一時間でやる人間として新たなライフスタイルを提供できるかもしれない。しかし、社会に認められる頃には寿命が尽きているような気がする。私は現代社会に一石を投じたいわけではないし、人生をかけて早朝おしゃぶり勢の存在を社会に知らしめる程の度胸も技術もない。むしろ、その勢力があったとして「そっとしておいて欲しい」というのが理想状態の可能性もあるのでここで私がしゃしゃり出るわけにはいかないのである。

ともあれ、毎朝起きるたびに胸元に泣き叫ぶ不快感を抱えている状態というのはあまり良くない。そこで、医者に行ってみた。

「……いい状態ではないですよね?」

「それはそうだね」

やはり朝になると赤子になる現象は良くないらしい。一応「みんなそんなもんだよ」という反応を期待していたが、隠れ赤子勢はやはり少数派のようだった。どうあれとにかく睡眠時間が短すぎるということなので、よく寝ろということになった。

睡眠薬と、精神安定剤を処方される。

しかし、8時間寝てもしんどい。睡眠時間をチェックしてくれる機能のついたハイスペック目覚まし時計には「8時間」と記録されているがむしろ、たまに8時間寝る日の朝のほうが輪をかけてしんどい。3,4,5時間になるともはや仮眠で最悪なミスが続く。6,7時間くらいになると体力は回復してくるが同時に、泣きわめく赤子も元気になってくる。そして8時間、体も赤子も元気だ。

体力がバッチリある状態で、メンタルがガッツリ削られる。まだ朦朧としているときのほうが手一杯ではありながらも赤子も「あ、今はやめといたほうがいいな」と空気を読んで大人しくしている。そして満を持して、しっかり寝た時の朝、最悪な気分で不快だと叫びまくる。そして、私も泣き、恋人が駆け寄ってきて「どうしたのぉ!」と言って面白半分にあやしてくる。

そして、枕元にある薬を飲み下し、180キロカロリーあるゼリーを飲み下す。そして、うまく行けば音楽まで流せるが、今日はだめだった。ただ精神安定剤がめちゃめちゃよく効く。赤子をなだめながら起きて着替えて歯を磨くころには、不快感は落ち着き、ただどんよりとした雲の中でひたすら水滴が体にへばり付いてくるような重苦しい気持ちへと変わる。それでもまだ体は動くので、カバンを背負い出勤する。ここまでの流れが一日の中で一番しんどい。

別にもう出社したあとはいいのだ。少し落ち込みそうになったら安定剤をフリスクのように手に出して飲む。その頻度もどんどん減ってきた。

もうただただ、朝だけである。しかも今は恋人のサポートありきで、外に出られる状態だ。こうして俯瞰してみると「いい状態ではないですよね?」という質問があまりにもアホらしく思えてくる。全然大丈夫ではない。

しかし今の所、とりあえず大げさに泣きとりあえず大げさにあやすというのを二人か、一人二役でこなしている。自分しかいないときは、泣く係とあやす係を交互にやるので忙しい。胸のあたりをつまんで横に置き「どうしたのぉ!」と声をかけてみる。

そして、右を向いて泣き、左を向いて「しかしそうは言っても、仕事は仕事だからねぇ」などと説教をしている。傍から見れば相当奇妙な状態だし、明らかに平常ではない。私は実際に見ていないのでなんとも言えないが、朝方泣いてなだめてを繰り返して出かける社会人というのはなかなかレアなのではないだろうか。ここまで来るともういっそモーニングルーティンに「泣く」と「なだめる」を組み込んで然るべきだろう。

となると、ガラガラとおしゃぶりは前向きに検討すべきなのかもしれない。

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