ゲームと酒と友達の兄
友達とスプラトゥーンをしている。
イカやタコになって、インクをぶちまけるゲームだ。このゲームは友達とチームになって遊ぶこともできるのだが、いくつかのルールは2人、もしくは4人がぴったり揃わないとあそべないものになっていた。
最近は毎晩、友人のTとスプラトゥーンに興じていたので、2人のルールで遊んでいた。ステージをインクでびしゃびしゃにして、時に倒し、ときに倒されながら「ギャハハ」と笑って遊んでいた。
そんなある日。
突然「イカ2組」と言うLINEグループが立ち上がり、招待された。「いかにくみ」ではなく、「イカツーぐみ」と読むらしい。Tから全く説明がないので、とりあえず適当に「ごじゅうさんさいです」と名乗ったが、一緒に呼ばれたもうもうひとりのメンバーから返信が返ってきた。
「はじめまして、よろしくです。でいいのかな?」
ごじゅうさんさい、は普通にスルーされた。Tの友人としてはまともな人なのだろう。Tは「いいと思う」とメッセージを打ってから間をおいてボイスチャットを始めた。
「こんばんはー」
「こんばんは」
聞き慣れない男性の声。そして、特段Tからも具体的な説明がないままスプラトゥーンが始まった。
しかしこのゲーム、私の好きなルールは2人か4人でしか遊べない。「ゴメンな、このルールは二人用なんだ」と言う流れになるか、別のルールで遊ぶかの二択である。私たちは別のルールで、和気あいあいと遊んだ。
しかし、ずっと思っていることがある。
さっきから話しているこの人、ほんと誰。
Tとはどんな関係なんだ。Tはタメ口で話しているが、声を聞く限りどうにも年上である。名前の苗字は同じだが、いとこか誰かだろうか。ただ間違いないのは、今このグループにおいて部外者は間違いなく私ということである。
結局Tに「え、どちら様?」と聞く機会を逃したまま、ゲームは進みまぁまぁ親睦が深まってきた。Tを挟んで話すこともできるし、ゲームの用語もある程度は互いに通じるので不便はない。そして、そろそろ日をまたごうかというあたりである。
突然Tが寝た。ボイスチャットの途中で、気絶するように寝落ちた。最初は音がしなくなり、トイレにでも行ったのかと思ったら本当に音がしない。呼びかけてみても、全く音がしないのだ。
「……どうしたんでしょうね?」
「トイレ……?」
「もう少し待ちましょうか」
「うん」
…………。
……………………。
…………。
気まずい。
友達の友達が友達なのは小学生までだ。中学以後、私の友達の知らない側面を知っている人と出会うのは謎の緊張感がある。最近は自分のいとことも敬語で話している私だ。昔はタメ口で馴れ馴れしく話していたのに、いつの間にやら距離ができてしまった。一度できた距離の詰め方は未だにわからない。ただ意識してしまうとよりいっそう距離を縮める心理的な負担が大きくなるようだ。しかしこれに気がつくのは「あ、距離あるな」と思ってしまった直後なので、この教訓が生かされることはほとんどない。
さて何を話したものか。共通の話題であるTを引き合いに出しながら様子をうかがうことにした。
「改めまして、〇〇です」
「あ、✕✕です」
「えっと、Tさんとはどういうご関係で?」
「Tの兄です」
私は緊張した。
っていうか、ほんっと、どういうことやねんほんま。お兄さんってわかっとったらもっとちゃんと背筋正して話したわ。そう言いたくても、今Tはいない。
それに今更背筋をシャンとして話をしても「ごじゅうさんさいです」と自己紹介するようなやつだという印象をどれだけ修復できるかわからない。
友達のにーちゃん、という関係の人に出会うのは15年ぶりくらいである。私は友達のにーちゃんと、どんなふうに話していたのだろうか。友達のにーちゃんとゲームをする。小学生以来、社会人になってから直面したレアイベントだ。
友達の兄。というのはステータスが自分より3倍くらい高く感じる。ゲームはうまいし、スポーツもうまい。小学生にとって一年間の差というのはとても大きなものだが、年上のお兄さん。特に3歳差ともなれば、なかなか大先輩になる。体格も違うし、何をしても勝てっこないように思えた。
たかが3歳、されど3歳だ。逆に考えれば3歳差など今の私にとってはたかが3歳である。あのとき、高い高い壁に見えた3歳という年齢差は、二十代というくくりで見れば世代の差は微妙にあれど、同じようなものだ。
プリキュアを見て育ったか、セーラームーンを見て育ったかの違いであり、そこには形こそ違えど共通する価値観があるのだ。二十代はみんな仲間。そう考えると緊張していたのがバカバカしくなってくる。そうだ、今やみんな同年代。ゆとり世代さとり世代などと言われてきた私達は、もはや家族である。
そんな気持ちで、少し敬語ながらも砕けた感じでお話していた私は自信満々に聞いた。
「ちなみに今おいくつなんですか?」
「今? 30」
私は緊張した。
Tも会話に復帰した。時すでに遅いがそれなりにちゃんとした人間ですよとアピールするかのように話をするようになった。それが功を奏したのか「いつでも呼んで」とお兄さんが締めてボイスチャットは終わった。
それから、Tとゲームをする際にTのお兄さんも一緒に混ざるようになった。むしろ私が兄弟のゲーム交流に混ざっている。今のところスプラトゥーンしかしていないけれど、新しい友達が増えた。
「なんでちゃんと紹介してくれなかったの」
時間を置いて、不満がふつふつ湧いてきた私はTに言った。
「ゲームは酒みたいなもんだから、一緒に遊んで騒げりゃそれでいいんだよ」
禅問答のような答えが返ってきた。立場も肩書も気にせず遊べればそれでいいということだろうか。いや、多分ノリで話していてあまり深いことは考えていないのかもしれない。しかし、確かに最初に兄だと言われていたら、ここまで気楽に楽しめなかったかもしれない。Tの思惑通り、ワイワイ楽しめるようになったのはやや複雑な気持ちだが、結果的にグッジョブである。
数日後。Tから「イカやらん?」とスプラトゥーンのお誘いがあった。
仕事を終えてからボイスチャットに参加すると、既にTとお兄さん、そしてもうひとりお兄さんのマイクの向こうから女性の声が聞こえた。私はなんとなくそこに混ざり、スプラトゥーンをしていた。相変わらずTからの説明はない。私も二度目となるとなれてきた。おそらく、Tさんのお兄さんの奥さんである。友達、友達の兄、友達の兄の奥さん。そして私。四人になったので、私の好きなモードで遊べるようになった。
ゲームは白熱し、私達四人はチームになって夜な夜な戦っている。
私と兄嫁さんはややテンションが高く、お兄さんとTは冷静なのでバランスもいい。
あとちょっとで負けるというところから逆転すれば一緒に盛り上がり、無謀に敵陣に突っ込んで案の定爆破されたときには一緒に笑う。なんだかT宅にお邪魔してテレビの前で四人してゲームをしているような気分になってくる。
「あー! 無理無理! 死ぬ! あー!」
私のキャラクターは、無残に吹っ飛ぶ。そして私はゲラゲラ笑う。ヘッドホンから、同じように笑う声が聞こえた。
夜はまだ、始まったばかりだ。
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