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青く透明で、静かな時間

エッセイをなくしてしまった。星野源さんの「そして生活はつづく」がどこにもない。

カバン、机の上、中、床、布団の下。ありそうな場所は全て探した。前に布団で寝転がりながら読んだのは覚えているのに、布団の周りを探してもそれらしい姿はない。袋、脱ぎ散らかしたズボン、シャツ、直置きされたゴミ袋、部屋中のものをあれこれひっくり返した。ないないない、とメガネでも探し当てるかのようにあちらこちらをひっちゃかめっちゃかにする。

うーむ困った……。本当にないぞ。

本一冊なんてそんなに急に必要になることもないだろう、と少し前までは思っていた。本を早急に読まなくてはいけないシチュエーションは、レポートの締め切りが迫っているときくらいだった。ましてや、今探しているのはエッセイ。レポートを書き上げるのにはもちろん必須とはいえないし、何でそんなもの探してるんだと問われても、しばらく首を傾げてから「うるせぇ! 読みたいんだからしかたねぇだろ!」と逆ギレするしかなくなってしまう。具体的にどのような意味を持つのか説明できない代物だ。なのに、今はかれこれ1時間くらい、何度も同じ場所を探しては「ないなー」と頭を抱えている。ひとまず一番のお気に入りではないものの、別のエッセイを見つけて読み直すことにした。

エッセイ、というものに私が何か求めているのか。それとも、星野源さんの書く文章に引きつけられているのか分からないが、とにかく手元に置いておきたくなる。本をめくっては閉じて、スマホを開き私もエッセイを書く。それにしても、どこに行っちゃったんだろう。また買い直すしかないか。

部屋の掃除を怠ったツケがなかなか悪い形で回ってきてしまい。今からでも部屋を片づけようかと思うけれど、何ともやる気がでない。生ぬるい布団の上で、触れたところからじんわり体が暑くなり、熱中症の気配を感じるものの、動く気が起きない。

……今日の私は元気がないな。例えるならベランダの植物がちらっと見えて「ちょっと枯れてるな」と、思うような気分で自分を観察している。水をかけてみても、すぐに元気になるわけでもない。植物なら放っておくうちにまた元気になったり、もしくは枯れてしまったりするものだが、今の私は大して元気になるわけでも枯れてしまうわけでもない。枯れかけの状態の根っこが、私のみぞおちの辺りで蜘蛛の巣みたいに張り巡らされているような気分だ。

重い気分のまま、エッセイを読む。相変わらず星野源さんは、曲作りをしたり、舞台にでたり、パンケーキを食べたりしている。あー、なんか、安心するな。パラパラと、読み進める。なんの疑いもなく、文章が体の中を通っていく。なんだか気持ちがいい。

エッセイは水に似ている。

文章を読むというのは、書いた相手の思考に身を任せるということだ。俯瞰して読んだり、批評する目を持つにしても思考の中心は今読んでいる文章の影響を大きく受ける。

「ああ、そうか!」と思うのも、もしくはちょっとムッとしたり、そんなこと無いよ。と思うのも、目にしている文章がきっかけになって、それに対するリアクションで精一杯になる。

文章は毒にも、薬にもなる。知識は時に思考の偏りを生み、柔らかく平坦に書かれた文章は誤解を生む。人は文章の内容だけは覚えていて、どこからその情報や知識を得たのかを忘れてしまうそうだ。

あとに残るのは誰から聞いたか覚えていない情報だったり、どこで読んだか分からない知識だ。その断片が頭の中にふわふわ浮かんで、外から入ってきた新しい情報の正当性を判断する。

毒か薬か、エナジードリンクなのかトクホのウーロン茶なのか、コーラなのかポカリスエットなのか分からない文章の中で、エッセイは水に近い。ガバガバと何も考えずに鵜呑みにしても、安全な文章だ。

神木隆之介さんと星野源さんがカラオケに行った休日をそのまま「そうなんだ!」と鵜呑みにしてなんの問題もない。柳沢慎吾さんが全く似ていない女子アナのモノマネを披露したことは鵜呑みにしたって問題ないだろう。

ありのまま、そこにあるものを疑いもせず受け入れて自分自身もどっぷりとその世界に浸り、そして身を任せて一通り旅を終えると、すっきりした気持ちでいる。私にとってエッセイは読むのも書くのも、水を飲む感覚に近いのだろう。

人によって水の飲み方は違う。ミュージカルのブルーレイをすり切れるほど見ている人もいるし、本が好きな人、仮面ライダーを浴びるほど見ている人、ガンダムのゲームに貯金を入れ込む人、たくさんの趣味がある。いわばそれぞれの精神安定剤だ。

無心になって、そこにある全てを受け入れる時間。水のような、一見毒でも薬でもないような、生産性から見ると全くなんの役にも立たないような時間。

ひたすら無心で書き続けて、はい、一本エッセイができました。

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