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深夜、電話する二人。

つき合って6年目になる恋人と毎晩電話している。

電話をつないでいる時間は、お互いにほとんど無言。そもそも話題もあまりないので、真夜中に電話をかけてはそれぞれが別の作業をしている。日中も顔を合わせていた高校時代から、深夜の電話はずっとこんな状態だ。私も大学生になり、恋人は社会人、さらに共通の話題もないので、私が将棋している中、向こうでもなにやら音が聞こえる。

「ねぇ」

と、向こうから声がする。

「なに」

今まさに、私の手元ではアプリの将棋の真っ最中。王将が詰むや詰まざるや、負けるかどうかの大一番である。

「ちょっと構ってくれませんか」

ふむ。しかし、喋っていては将棋に負ける。

私は持っていたペンでスマホをトントントンと3回叩いた。向こうからも、トントントンとスマホを叩く音がする。そして、しばらくの無言。将棋盤の上を駒がジリジリと動く。

「ぅおい、それで構ったことになると思ってるのか?」

口調は荒いが、嬉しそうな声をしている。私は再び3回スマホを叩く。

「いや、トントントンじゃねぇんだな」

やっぱり嬉しそうな声だ。しかし、特段話題もない。何かあったら向こうから話してくるし、私もさして話すことがないので、相変わらず無言は続く。昔は一日にあった3つのニュースを教えあうとか、やっていたなぁ。でも今は何もない。そして、私の王様はもう一歩のところで詰まされてしまった。さて、もう一回やるか、と思っていたときまた向こうから声がする。

「君ぃ、そういうところがぁ! 今後の関係に! 響くんだよ!」

大泉洋のモノマネをしながら抗議された。しかし、また無言。

「ねぇねぇ」

続いて、甘えるような声が聞こえてきた。

「なんだい?」

「私のどこが好き?」

長くなりそうな話題だが、あいにく即答できる。

「二の腕かな」

「そういうんじゃなくて」

「じゃあ、ふとももかな」

「体の部位以外で」

うーん。

例えばもし仮に君の腕を切り落としたとしよう。このとき、切り落とした腕と、腕以外の部分どちらが君だろうか。もし事故か何かで君の腕が無くなってしまった、そしたら君のことを私は好きではなくなるだろうか?

好きだと言う理由を出しては「ではそれが無くなったら好きではないのか」を繰り返していけばたどり着く説を提唱しようと思ったが、結論に行く前に別れる理由を生み出してしまいそうだ。

「あ、テレビ見るからまたね」

恋人が言った。

「はいよ」

電話が切れる。再び将棋に勤しむ。そんなこんなでもう6年か。4回ほど戦って五分五分の将棋を終えた辺りで、電話が鳴った。時刻は深夜1時。恋人からだ。

「はい」

「うえぇぇ……」

鳴いてる。泣いてるじゃなくて、鳴いてるように私には聞こえた。もし涙を流してボロボロに泣いてるとしても全然悲しそうに聞こえないので、私は笑ってしまう。ぜんぜん深刻に聞こえない。電話越しに泣く女、それを聞いて笑う男。

「うぇ……えぇぇ……」

「どーしたの」

「推しが……死んだ……うぅえぇ」

あっはっはっはっは。ダメだ、笑っちゃう。すると、この世の終わりを見据えたような声が聞こえてきた。

「今までね、ほのぼのしたアニメばかり見てたのにね。だから、つまり私はまだ、離乳食しか、食べさせてもらってないのに……今期は……骨付き肉……私はまだ、離乳食が食べたいの……」

何を言っているのかさっぱりわからない。

恋人にとって大変な事態らしいことは分かるのだが、もう、言葉の選び方がおかしくておかしくて「もうダメだぁ……」とすがる恋人を見て延々笑い続ける最低なクソ男になってしまった。恋人が言うには今見ているアニメの、自分の好きなキャラクターがストーリーの展開で死んでしまったらしい。よくわからないけれど、そうかそうか、悲しかったのか。ごめんな、私には全然わからんよ……。

「私をべた褒めしたエッセイを書いてくれ……」

無茶なことを言う恋人ををなだめていると、いつの間にか私のエッセイにを読んでいて、ちょこちょことダメ出しをし始めた。ああ、元気になってきたな。

「ふふふ、本当に食事の描写が壊滅的だね」

「悪かったね」

一通り泣き終えてから「またね、大好き」と言い合って電話が切れた。結局、それだけ言えれば充分なので、無理に会話をすることもない。

これも6年間ずっと変わらない。

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