北野赤いトマト

エッセイと小説を書いています。 note創作大賞2022入賞。

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マガジン

  • 宝物

    私の宝物を集めたマガジンです。ご紹介いただいた作品を大切にマガジンします。

  • 小説

    創作したもの

  • ドライブインなみまシリーズ

    いらっしゃいませ! この『ドライブインなみま』は、オムニバス形式の小説でストーリー展開しています。お読みいただければ、とても嬉しく思います。

  • 真夜中シリーズ

    眠れなくなったら、無理に寝ようとはしないで、映画やドラマや本や音楽を楽しむシリーズ。

  • 小数点以下の感情(0.999…)シリーズ

    日常に感じる小数点以下の感情(0.999…)を綴るシリーズ。

最近の記事

θは鋭角とする。

アルデンテみたいなサクッとした芯があるひだまりの中で、ふうが笑った。「にゃふううん。」と息のついでにうれしさが体からこぼれ落ちたその音と表情は、深く深く満たされていた。私は、ねこは笑わない、と言う人がいるけれど、ねこだって感情はあるのだから笑うときはある、と思っている。 ふうの微笑みを見ていると、私もうれしさが体から自然とこぼれ落ちた。そして、私たちは顔を見合わせながら笑った。お互いの言葉すら理解していないのに。けれど、私たちの間で言葉はいらなかった。この瞬間は立派なことを

    • カレーに揺さぶられて頬っぺたを叩かれた日。

      空咳を夕陽の合間に落として車を降りた。そして車に鍵をかけると同時に、あ、と思った。私はマスクをずらしてよく利く鼻をすんすんと鳴らしてまた、あ、と思った。カレーの匂いは平凡な窓辺の隙間から漏れた円い幸せのようで、私の心身は遠いところまで安堵した。それはからからに乾いた空気を寡黙に染め上げ、確かに私の体の隅々まで行き渡り37度2分の熱を保ちながらずんずんと巡る。この世に確かなことなど微塵もないのに、沈黙に揺れるその匂いは確かに私を生かしていると感じた。 その匂いは家へ近付くとよ

      • あたたかいづうづうしさ。

        大きな災害や事故が立て続けに起こった正月。私はテレビの前で茫然とした。このことを語ろうとすると膨大な感情は体内をぐるぐると渦巻くだけで、それを濾過して言葉にできずにいた。漏斗に詰まった言葉たちはガラクタになり私の心は錆びていく。私はただ四角い画面の中に収まりきらない現実に打ちのめされた。そしてそのうちになにをしても心ここに有らずになった。読書をしても目から文字がすべり落ちるし、音楽を聴いても耳がばらばらに音を拾うし、noteを書こうとしても手が動こうとしなかった。あからさまな

        • 2023年のごあいさつ。

          淡い大地へ朝陽が差します。朝陽は「差す」よりも「刺す」が正しい気さえするほどに頑丈で、余すことなくきらきらしていました。そして、そのうちにたっぷりと横溢して地面や建物や草木に色をつけていきます。 私は、朝になれば映画が始まるときみたいに小さな期待で起き上がり、夜になれば暗い帳に「The End」と書かれたような気がして素直に眠りに就く──を繰り返しているような気分です。そして、昨日の自分からバトンを受け取りしっかりと握り走ります。それはまるで、リピートアフターミー、みたいに

        θは鋭角とする。

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          31本

        記事

          南京玉すだれにヌーヴェルヴァーグを感じて最終的にはゲシュタルト崩壊してマティスの作品になる。 #呑みながら書きました

          師走に入っても「冬はやって来るの?」って感じの気候でしたが、いよいよ本格的に寒くなりましたね。これぞシン・冬って感じがしますよね。私は冬が好きでついつい雪上を駆け回るとびきり元気な柴犬みたいにしっぽをぶん回して歓んでいます。 うおおおお!冬、サイコおおおおおお! って。それに12月になるとアレがあるからもうウキウキ。第18回 #呑みながら書きました があるんです。3ヵ月に一度の酔いどれたちのお祭りが開催されるということで私も参加します。マリナさん、いつもありがとうございま

          南京玉すだれにヌーヴェルヴァーグを感じて最終的にはゲシュタルト崩壊してマティスの作品になる。 #呑みながら書きました

          爪とチキンライス。

          爪を切った。学生時代から爪が伸びてくるとイライラする性分なので、常に爪を短く切り揃えている。爪を短く切り揃えると心が清潔と安寧で満たされて新しい気持ちになれる。俗に言うと心が整うような「ふええ。」とつい声が漏れ出てしまう気持ち良さが得られるのだ。そのことに気がついたのは幼い頃だった。そして、私に無関心な母と接触したのは私の爪を切るときだった。それは時間にすると5分くらいの短時間だけれど、互いに話すこともないので無言で爪が「パツンッ。」と絶命する音を聞いていた。私は、母が爪を切

          爪とチキンライス。

          Independent Women.

          乾風が吹く夜空は、星たちが瞬きながら小さな光を放っていた。部屋を暗くして窓から見るそれは、漆黒というよりも蒼ざめた闇があちこちを染めていて、そして、それら以外は私の輪郭すらも容易く崩していくのだ。 私が女として生まれたのは先天的に母の腹の中で「神様!はい!はい!私は女になりたいです!」と挙手した訳ではない。小さな卵子が精子と受精し細胞分裂を繰り返して私の形ができあがった。そして、私はそのことに対して特に文句はないが、細い産道を通る際に胎動により首へ臍の緒が巻きついて産まれ落

          ねこの時節を待つ。𓃠

          𓃠𓃠𓃠 「風(ふう)、こっち向いて!違う!違う!こっち!そうそうっ!」 母は愛猫の風の写真を撮っていた。なぜそこまでして撮りたいのか、それは人に愛猫を自慢したいからだ。 "これ見てえええ!うちの猫!" 母が撮った写真を人に見せながらそう言い放つ姿が目に浮かぶ。余程カメラ目線の風を撮りたいようだ。風への指示がハンパなく飛んでいる。そして、おぞましい、実におぞましい、その体勢。四つん這いで頭を落としお尻を突き出して写真を撮る姿は、グラビアアイドルを下アングルから撮るカメラ

          ねこの時節を待つ。𓃠

          鼻とか国士無双とか餃子とか。

          ほげ〜っとした小春日和の日曜日の昼。母と私は、住んでいるところから離れた大きな商店街にある大衆居酒屋へランチを食べに車で向かった。車を駐車をして商店街を歩くと人で賑わっていた。少し歩いて大衆居酒屋へ到着すると店内は人でいっぱいで、私たちは店の外で「どうする?他に行く?」と話していたら店員さんがやって来て「相席になりますが、すぐに座れますよ。今日は美味しい魚も刺身にできますし、ぜひ!」と、勢いよく伝えてくれた。私たちの脳みそは刺身でいっぱいになって「では、お願いします。」と店員

          鼻とか国士無双とか餃子とか。

          泡が消えるそのまえに。

          すこし目を細めて淡い紫煙をくゆらせた顔。 家族や友人と冗談を言い合うおどけた顔。 もくもくと何かを考えている顔。 最近の私は父をよく思い出す。記憶の中にいる父のフィルムを引っ張り出して映写機へかければ、映像は速度を増して色鮮やかによみがえる。そこへ映る父のいろいろな表情は、どれも刹那的で「ああ、父だな。」と確信に変わり、こころの底がじわーっと熱くなる。 そのフィルムから父らしい朗らかに元気な表情を切り取るとしたら、ビールを飲んでいる瞬間だろう。 父は毎日晩酌していた

          泡が消えるそのまえに。

          さっくりした熱々はとろりと口腔内を征服する。

          恋を何年も休んでいる。恋に恋焦がれ恋に泣く(by GLAY)なんて滅相もございません、と畏まって深く一礼するくらいに恋に疎くなった。それでも私は重力に従い歳を重ねていくうちに、恋がなくてもいい体になった。 「そうなってしまったらお終いよ。」 母はそう嘆いているけれど、こればかりは仕方がないのだ。堕ちる先のない恋を待ち続けて焦燥するよりも、凪いだ日常にとっぷりと肩まで浸かって「ふええ。」と息が漏れるくらい満たされている今がいちばん過ごしやすいのだ。 そんな私を見ていると苛

          さっくりした熱々はとろりと口腔内を征服する。

          幸せのデルタ。

          欠けた何かを捜すように、寒い、寒い、と言いながら窓の外を見た。落葉樹は、言葉通りにうつくしく落葉し裸一貫でシュッと立っていて見るからに冬の様相だった。私は、植物の適応能力に深く感心した。暑いときは、強い陽射しから幹を守るように葉を茂らせて涼しい影を作り、寒いときは幹へ陽射しが届くように葉を落とす。その自然の摂理をいとおしく思った。姿は見えないけれど、雀の啼き声はかわいらしく冷えた空気を振るわせる。薄らと白く透ける月はいまにも消滅しそうで、次にやって来る太陽へその道を譲るような

          幸せのデルタ。

          全国模試5位、元気にしてる?

          「知的な財産はたくさんストックしたらいいよ。いつかきみの役に立つから。」 当時の私には、全国模試5位の言葉の意味がわからなかった。黒板に書いてある数学の公式がこれからの人生において財産になるなんて思えなかったし、ビーカーの中の薬品を混合させて化学反応を起こす実験自体の意味が解らなかったし、校庭を10周走ることが何の役に立つのか考えたこともなかった。ただ、生まれたときから碁盤の上に載せられて勝手に駒を動かされているような気がするだけで、人生とは、とか、生きるとは、とか、漠然と

          全国模試5位、元気にしてる?

          長い長いトンネルの先。

          県境の長いトンネルを抜けると豪雨であった。 川端康成氏の『雪国』の冒頭をもじった文章が頭の中で浮かんだ。車外では稲妻が走り曇天の水平線へゴロゴロゴロどっしゃあああん!と落ちた。そして、そのできた閃光の道をかき消すように雨の束が降っていた。少し坂道を走ると、その喫茶店は地域にしんしんと根を張り建っていた。 私と母は、久しぶりに県を跨いでその喫茶店のピラフを食べに行くことになったのだ。しかし、途中から遠雷が聴こえて「これ、雨降るで。」とか言いながら車を走らせたら、案の定、長い

          長い長いトンネルの先。

          寂しい味のサンドイッチ。

          隣町にある喫茶店は、世界でいちばん美味しいサンドイッチを出してくれる。薄いふわふわの食パンに、マヨネーズで和えた卵ときゅうりが、これでもか!とたっぷり収まって、とてもジューシーなサンドイッチだ。行儀よく皿へ並んだふわふわのサンドイッチを一切れ手に取り口へそっと運んで咀嚼すると、濃厚なマヨネーズと薄らマスタードの風味がふわりと立ち昇り、私をなんとも言えない幸せな気持ちにしてくれる。このサンドイッチはどの食材も調和が取れていて、強さでねじ伏せたりはしない優しい味がした。 極楽と

          寂しい味のサンドイッチ。

          微睡。

          微睡みが好きだ。夢と現のあわいで脳みそふかふかな気分はご褒美のような至福の時間。日中はいろいろなことがあっていろいろな感情が疼いて納得できないことも多々あるけれど。その日の終いに微睡んでいると疼きは疼きのまま消えはしないが、遠くへ行ってくれる。疼きは「じゃ、またな。」とサラッと手を挙げていなくなり、その代わりに安寧が「ども、ども、安寧です。」とサラッとやって来る。そんな感じがするから私はなるだけ微睡みたい。 休みの日は特に微睡みたい。寝たいとも起きたいとも違う、微睡みたいで