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親を自宅で看取るということ


<在宅介護> <在宅看取り> <自宅葬儀>

この記事を読むと、

「最期の時に、入院するか?在宅介護か?」を選ぶ時の役に立つ

かもしれません。


この記事には、

『わたしが父を自宅で看取った時の話』が、書いてあります。


わたしの知らないことだらけでした。


父の冥福を祈りながら、

・<在宅介護>ってどんな感じなんだろう?

・最期の時、入院していなくても平気なの?

(わたしも、今回の経験をするまでは

最期を家で迎えることは本当にできるのか、疑問でした。)


疑問に思っていらっしゃる方の

お役に立てたら、と思い、

今回の出来事をまとめました。


(介護真っ只中にいらして、読んでいて辛くなる方は

どうぞ無理せず途中で読むのをやめてくださいね)



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去年、 父が

亡くなりました。


ガンでした。


うっすらと気づいていたのですが、

死んでからハッキリ感じる。


すごい喪失感。


今まで、どれだけ心の支えにしていたか

今更ながら、わかりました。


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画像2

貧しかった少年時代を過ごした父は、

『いつか社長になって、稼いで、自分の家を建ててやる!』

と、心に誓っていました。


実際に全部やりとげました。


そして、

<自分の建てた家で、死にたい。>

これもやり切りました。

「父は、最期までやりきった」

ということが、今のわたしの慰めです。


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もう末期だった

10年以上前に、心臓の手術をしていた父は、

歳の割には早めに弱ってきていました。

ただ、弱る速度があまりにも速くなった時期が来て、

病院で検査してもらいました。


“ステージ4のガン“でした。


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<在宅介護><在宅看取り>とは、、?

病院に入院せず、

訪問看護師さんや、訪問ドクターに家に来てもらい

在宅療養して、

最期を家で迎えること。

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<在宅介護の始まり>

ステージ4のガンだとわかった父は、

ドクターに言いました。


「入院はしない、延命処置はしない」


そこから在宅介護がはじまり、

1ヶ月くらいは、家族のみで、できる限りの在宅介護をしていました。


弱っていく父。


医学的なことが何もわからない、わたしたち家族は、

・今起こっている症状は、末期によくある症状なのか

・持病の糖尿病を持っている父に、特有の症状なのか

・すぐ何かの対処が必要な状況なのか

・これから先の症状はどうなるのか

・どんなことに気をつけると、
少しでも父が快適に過ごせるようになるのか。

謎だらけでした。


例えば、

脚がむくみ始め、

「マッサージしてほしい」と父が言います。


『マッサージをする』となると、

糖尿病もあるし、心臓も弱いし

リンパを流して良いのか、

ただのむくみではないのかも?

と迷いが。


しかし

父の身体のダルさが少しでも軽くなるのなら、と

不安の中でマッサージをしていました。

でも

わからないことが多く、

父本人も、家族も、不安、イライラ、戸惑いの中にいました。

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<地域包括支援センター>

どうにも行き詰まりを感じ、

ネットで調べて、
地域包括支援センターに相談することを両親に提案。

しかし、

父も母も相談するのを渋り、また数週間不安な日々が続き、、


結局、最後はわたしが強引に地域包括支援センターに
相談にいき、行政の力を借りることにしました。


なぜ両親は渋ったのか、、

その時の父と母の気持ちは、本人に聞いても言わなかったので、

推し量るしか無いのですが、

・恥ずかしい(なんとなく)

・これから、介護がどんどん必要になる状況になる、とは認めたくない

・死ぬわけない(と思いたい)

・自分達でなんとかなる(と思いたい)

という気持ちがあったのではないか、と推測します。


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<ケアマネージャー>に繋いでもらう>


その後、

ケアマネージャーが訪問看護師、訪問ドクターに繋いでくれ、

チームでの在宅介護が始まりました。


来てもらって心強かったことは

・今起きている症状はどのようなものか

・これからどのような症状が出る可能性があるのか

・今の症状から診て、余命はあとどれくらいか

(これに関しては、聞くのが本当に辛かった。

ですが、

それでもわたしは、

聞いて、覚悟ができたので良かったです。

経験豊富な看護師さん、ドクターでしたので、

かなり正確な死期を伝えてくれ、実際にそのとおりになりました。)


「医療関係の悩みが解消した」以外にも、助かったことがたくさん。


・家族以外の人と、父の症状についての医学的な話ができる

・家族以外の人と、たわいもない話ができ、少し気分が軽くなる

(例えば、父はこれがずっと好きなんですよ、とか)


家族以外の人との接点を持ち、

力強い味方を得たことで、

よし、とことん父の最期に向き合うぞ! と言う

なんというか、前向きな覚悟ができました。

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<訪問薬剤師> <レンタル介護用品の会社の方>


日毎に痛みが強くなる父。

リンパ液が脚の細かい傷から滲み出て、
リンパ液が、脚をつたって垂れてくることもあったし、

脚の皮膚の一部分が

野球ボールの大きさにまで膨らんだこともありました。


皮膚の中に溜まったリンパ液は、
自然に小さくなる方もいらっしゃるようですが、

父の場合は何日も大きいままでしたので、

それを針で突いて割りました。

人間のリンパ液が、水のように出るのを見るのは
初めてでしたので、
なんとも不思議な気分でした。


訪問ドクターが

・その部分に対しての傷薬

・全身の痛みに対しては、モルヒネの成分が入っている薬

などを処方してくださり、


処方してもらった薬は、

訪問ドクターが連携している<訪問薬剤師>に連絡してくれ、

次の日、訪問薬剤師が家に持って来てくれました。


その頃の父は

手足の筋力が落ち、

ベットから立ち上がる際、

脚で踏ん張ることが出来ず、

床に座り込んでしまうことが何度も。


そうなると

自力では立ち上がれず、

ずっと床に座ったままの状態になったり、

寝転がったままの状態になってしまうので、

家に誰かが、必ずいなくてはいけない状況に、、


薬局に行くのもままならない状況だったので、

訪問薬剤師が、家に薬を届けてくれたのは、とても助かりました。


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画像3


<訪問歯科医>

筋力があった時期は
トイレまで歩いて行っていた父ですが、

歩くペースがだんだんと遅くなっているのを、

本人はもちろん、家族全員が

感じていました。


ある日、いつものようにトイレに向かう父。

本人が思うよりも、脚が前に進まず、上半身のほうが先に行ってしまい、

廊下で転んで、顔面を強打してしまいました。



ものすごく歯が頑丈だった父。

「若い頃は、前歯でビール瓶の蓋を開けていた」と、
面白おかしく話してくれたことを思い出します。


強くて頑丈な歯が自慢でしたが、

顔面から倒れてしまったからには、
自慢の屈強な歯も耐えられませんでした。


前歯が途中から折れてしまった父。

(でもあの倒れ方で一本だけだったのは奇跡かも。)

ソーシャルワーカーさんが『訪問歯科医』に連絡してくれました。

家に、歯科治療の器具を持ってきてくださり、

前歯を治してくれました。

自宅でも治療ができるんですね、

初めて見たので驚きました。


歯科医1名、

その他に、様々な補助の方が3名くらいいらっしゃって、

手早く治療が終了。

(余談ですが、歯科医は女性で、
さっぱりした雰囲気がステキな方でした。。)

治療終了後、

「あのステキな歯医者さんはもう来ないのかい?残念だなぁ。」
と言った父。

最後まで笑いを提供してくれる、サービス精神旺盛な父でした。


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<レンタル介護用品の会社の方>

歯を折ってからと言うもの、

筋力の衰えはスピードを増し、

トイレに自力で行くことが厳しくなって来ました。


わたし「車椅子を借りようか。」

父「まだ要らないよ」


車椅子の代金を気にしてか、なかなか車椅子を持つことを承諾しない父。


わたし「車椅子があれば、外にみんなで散歩にも行けるよ」


と、何度も説得し、

車椅子を持つことを承諾してくれました。


ちなみに

車椅子の入手方法には

・購入

・レンタル

があります。


購入だと、なかなかのお値段。


我が家は

レンタルにしました。


ソーシャルワーカーさんが、

レンタル介護用品の会社の方に連絡してくれ、

大きめの車椅子をレンタル。


その後も、

動けなくなるにつれ、

必要な介護用品がどんどん増え続けました。

一般家庭では準備するのが大変な、
大型の便利グッズもレンタルできるのは、

とても助かりました。


レンタルしたもの

・玄関から、外に出るためのスロープ
・車椅子
・ベッドや、トイレから立ち上がるための、支えとなる棒。
(天井から床までの突っ張り棒)
・ベッドで食事するための、タイヤの付いた机(入院病棟によくあるやつ)

購入したもの

・風呂用の滑り止め付きのイス
(陰部がつくので、衛生上レンタルは無いそうです)
・ガーゼ
・医療用テープなど


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<息を引き取る瞬間>


父は、在宅看護師さんが伝えてくれた通りの順番に、
どんどん弱っていき、
寝ている、というか、朦朧としている時間が長くなりました。

そして目が覚めているときは、痛みでつらそうです。

シール型のモルヒネを身体に貼っていましたが、
いよいよ効き目が感じられなくなり、
在宅看護師さんに、モルヒネの<持続皮下注射>を装着してもらいました。


それから3日後に亡くなりました。




ここでひとつ、我が家っぽいな、というエピソードがあるので
ご紹介したいと思います。

在宅看護の間、
まだ低学年の息子は、クレヨンしんちゃんをNETFLIXでよく観ていました。

父が亡くなるときも、
テレビからクレヨンしんちゃんの音声が、、、

それというのも、
我が家の場合は、
ドラマのように、ベッドの横にみんなが集まり、
「おとうさん、おとうさーん!!」

という状況では無く、


「良かった!まだ息してくれてる! 
じゃあ今のうちにこの書類を書いておかねば!」

など、バタバタやってるうちに、
何回目かの呼吸の確認をした時、いつの間にか息を引き取っていました。。



この世で最後に聴いた音楽が、クレヨンしんちゃんの曲って、、、^^;

まあでも、冗談好きな父にピッタリだった、、か?、、

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<自宅葬儀>


さて、父が亡くなってからのことをお話します。


亡くなってからは

「非常に早いテンポで、葬儀、火葬が押し寄せる。」

と聞いていましたし、


亡くなったときは、涙、涙で思考能力停止だろう、と考え、

葬儀については、訪問看護師さんから聞いた余命をもとに、

前もってどうするか、考えておきました。

(父に、直接「葬儀はどうしたいのか」聞ければ良かったのですが、

余命をはっきりと知らない父は、

『もしかしたらまだもう少し長く生きられるかも』

と思っている雰囲気が、言葉の端端に感じられました。

加えて、わたしも「聞けば絶対にわたしが泣いてしまう」と思い、

結局、聞けずじまいでした。)


自宅で亡くなることを希望した父でしたので、

わたしの考えでは、

きっと

『葬儀も、自宅で。』が良いのではと思い、

自宅で葬儀ができる方法を調べ始めました。



ネットで調べて、「鎌倉自宅葬儀社」さんに連絡。

先にテレビ電話で相談をした際、とても温かい言葉をいただき

安心して『自宅で葬儀をしよう』と決めることができました。


自宅での葬儀は、

お見送りの何日か前

・棺桶を持って来てくれる
・遺体を棺桶に入れてくれる
・遺体が腐らないよう、大量のドライアイスを持って来てくれる



お見送りの日前日

・好みのお花を持って来てくれる
(父は薔薇が好きで、自分でも育てていたのと、
明るい人だったので、

「明るいお葬式にしよう!」と家族で決め、
赤いバラをメインに持って来てもらいました。

こんな柔軟な対応をしていただけるのも、
自宅葬儀ならではだな、と思います)

・部屋の飾り付け
(父の思い出の写真を部屋の壁にたくさん貼りました。)
(あとは、思い出の品を飾ったり、
 葬儀当日、
 お別れに来てくださる方に、
 元気な父を思い出してほしかったので
 思い出ムービーを作り、当日、家のテレビで流しました。)



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<まとめ 在宅看護について思ったこと


看護する人の睡眠時間が、めちゃくちゃ短くなって、身体がキツイ。

・24時間体制で家族がやるので、

(父の場合は、夜中に多くトイレに行っていたため、

 『車椅子に乗り移る』、『車椅子をトイレまで押す』、の作業を、

 家族がやる必要があり、夜中は頻繁に起こされる)


・いつまでこの生活が続くのだろう?という不安で精神的に疲弊する。

(在宅看護は疲れる、、父が死んじゃうまで続くんだな、
 でも死んで欲しくはない、

 いや、でも、死んじゃうのはわかってる、けど、、

 と心の葛藤もすごい。)


他には、病院で看取るのとはまた違った形で、

・公的支援のありがたさ

・親の人生の最期に、がっつり関われた体験

・人間がだんだん弱っていく様、生き物は最後は亡くなる、
 という自然の摂理

を、肌身を通して感じました。

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最期を父の望み通りにできたこと、

いろんな話ができ、思い出も話せたこと。

疲れてイライラしてしまうこともありましたが、

そんなこともひっくるめて、 

うちなりの 【the・家族の看取り】 が出来たな、と感じています。


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<親は、最期に子どもに身を持って『死ぬことについて』教える>

とか、言いますけど、


確かにガッツリ学びました。

さらに、
今の自分の生き方がどうなのか、
これから残りの人生、どうしたいのか、を

真剣に考えるきっかけもくれて、
わたしの人生は大きく変わりそう。と思っています。

ーーーーーーーおしまいーーーーーーーー




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