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【小説】露草と淡色 第9話

昂平の葬儀の帰り道、
佳乃は恵美とあの海に行くことにした。

葬儀は昂平の希望で、身内だけで執り行われた。
それ以外にも親しかった者も数人来ていた。
その中で高校の同級生は佳乃と恵美の二人だけだった。

「久しぶりに会うのがこんな機会になっちゃうなんてね。」

恵美は言った。

佳乃と恵美は年に1回程度会うようにしていた。
佳乃が家庭をもち、会う頻度は減ったが会えば話は尽きなかった。
恵美は建築関係の会社に就職し、仕事に邁進していた。

「あたし、牧野くんのこと、ずっと好きだったの。」

恵美は海を見つめながら話し始めた。


高校の時、同じクラスになってすぐに好きになった。
彼が見せる笑顔や柔らかい雰囲気に惹きつけられた。
この気持ちは本物だって強く思った。
だから簡単には伝えられなかった。

苦手な勉強を頑張って、彼を追いかけて同じ大学に入った。
うちの高校からこの大学入った人少なかったでしょ?
だからか、牧野くんは大学で見かけたりすれ違ったりしたら話しかけてくれた。
佳乃のことを聞かれることもあったよ。
話せるのが嬉しくて、その関係で十分で、やっぱり想いを伝えられなかった。

実はね、高校の時、佳乃と牧野くんをこの海で見たことがあるの。
二人ともすごく居心地が良さそうに笑ってた。
そんな二人を見ていたから、伝えられなかったっていうのはあるかも…
ううん、そんなのただの言い訳だよね。
自分の気持ちを誰にも知られたくなくて、強がってきた。あたしは弱かった。
だから牧野くんが居なくなったって聞いた時、佳乃にあんな風に聞いちゃった。
あたかも同級生づてに聞いたように振舞ったけど、本当は牧野くんのお父さんから連絡もらったの。

牧野くんのお父さんとは偶然、仕事の関係で知り合ったの。3年前くらいかな。
初めは驚いたよ。牧野くんのお父さんの会社のパーティに出席したら、牧野くんが居るんだもん。

あたしは柄にもなく「運命かも」なんて思っちゃったりして舞い上がった。

でも慎重にいかなくちゃって思って、会う機会を自然に作っていった。
仕事がらみだから、お父さんも居るんだけど、とても良い方で。
雰囲気は二人ともそっくり。柔らかい方。

三人で食事をする機会もあって、家族みたいだなって勝手に思ってた。
・・・勝手にじゃない。少なくてもお父さんはそう思ってくれていたからあの話をしたんだと思う。

「長峰さん、昂平のことどう思いますか?」
「え?」

お父さんの問いに心臓が飛び跳ねた。

「どうっていうのは?」
「ごめんなさい、わかりづらかったですね。父と息子の二人ですから、なかなか昂平の気持ちを汲み取ってやれないところがありまして。息子は最近、空想にふけっていることが多いのです。何か悩みなど聞いてませんか?」

お父さんから聞かれてあたしは思い当たる節はなくて。
何か役に立ちたいと思った。

「牧野くんと話してみたいと思います。」

今思えば、ちょっと浮かれていたのかも。
牧野くんに連絡とって、二人で会う約束とりつけて、食事に行ったの。

珍しく二人ともお酒を飲んで、雰囲気がほぐれてきたところで聞いたの。

「牧野くん、最近悩み事ある?」
「ないよ。」

牧野くんは即答だった。
まるで聞かれることを予知していたみたいに。

「答えるの早くない?」
あたしは笑って言ってみたけど、牧野くんは笑わなかった。

「長峰さんに話す悩みはないってこと。」

明確な拒絶だった。ショックだったけど、お酒の勢いもあってあたしは言い返したの。

「じゃあ他に話せる人がいるの?」
「・・・いるけど、いない。」
「・・・それって佳乃?」
「・・・もう帰ろうか。」


「牧野くんとはもうそれっきりだった。お父さんとはそれ以降も仕事上で会う機会があったから、今回いなくなってあたしに連絡したんだと思う。」

佳乃は黙って恵美の話を聞いていた。
知らない話ばかりだったが、何とも思わなかった。
昂平が居なくなってしまった今、佳乃の心にも穴が開いていて、感情を感じる力が弱くなっていた。

「悩みを話せる人って、私のことじゃないと思う。」


昂平の手紙を読んだ佳乃には、昂平が慕っていた人がわかった。そしてそれ故、彼が自分を思い詰めるほど悩んでいたことも。
心から人を愛すること、それは幸せなことばかりでなくとても苦しいこともあること。

佳乃は恵美に手紙の存在を伝えなかった。
恵美がこれ以上傷つくのを見たくない気持ちと見せたくない気持ち、どちらも佳乃の正直な気持ちだった。

「…ちゃんと伝えておけば良かった。」

好きだってこと、と恵美は言った。
そして静かに泣いた。
佳乃は恵美の肩を抱き、寄り添った。
恵美が泣き終えるまで、佳乃は長い時間、そばにいた。




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