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【小説】露草と淡色 第3話

高校時代、佳乃は学校の帰り道に海に寄るのが好きだった。

自宅の方向とは少しそれていたので遠回りになるのだが、それでも寄っていた。

海沿いは歩道が整備されており、そこはその街に住む人々の憩いの場所だった。

歩道の要所要所には東屋とベンチがあり、
大抵佳乃は東屋の下で宿題をしたり、本を読んだり、ぼーっと海を眺めていた。

母との確執や気の合わない級友へのモヤモヤした気持ちがここへ来ると薄らいだ。
佳乃にとっても心安らぐ場所だった。

「ありさわー!」
「!?」

突然呼ばれ驚きながら顔を上げると、
牧野昂平がいた。
佳乃は顔が熱くなるのを感じながらも冷静を装った。

「何してるの?」

ニコニコしながら聞かれる。

「別に…ただの寄り道。」

自分でも呆れるくらい素っ気なく答えてしまった。

「よく見かけるよ。俺この辺に住んでるから。」
落ち着いて彼を見ると、私服姿に飼い犬を連れていた。

「ここ散歩コース。名前はクロマル。」

黒色のミニチュアシュナウザーだった。
佳乃はあまりの可愛さに胸がきゅんとした。

「…可愛い。」
「触ってみる?吠えないし、噛まないよ。」

昂平はクロマルを抱っこしながら、佳乃の隣に座った。

頭をゆっくり撫でると、クロマルは目を細めた。

「クロマル…可愛いね。」
「ありがとう。いつもここで何してるの?」
「いつもって…何回くらい見たことある?」
「今日が5回目、やっと話しかけれた。」

佳乃は顔を伏せたくなった。
ぼーっとした顔を何回も見られていたかと思うと…でも佳乃は昂平には気づかなかった。
彼はどこに居たのだろう。

「いいなぁ、犬飼うの。憧れる。」
「有澤の家、飼えないの?」
「うん。」

母子家庭だし、団地住まいだし、と心の中で呟いた。
この辺りは高級マンションが建ち並んでいる。
散歩というからには彼の自宅はこのあたりなのだろう。

「…そうだ。今度の日曜日、空いてる?」
「え?う、うん…空いてるけど…?」
「クロマルの散歩に付き合ってくれない?」

突然の誘いに佳乃は動揺した。
何故自分が?何のために?行っていいの?
一気に疑問が沸き上がってきたが、それよりも先に感情が「うん、わかった。」という返事を引き出したのだった。


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