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【小説】露草と淡色 第6話

出勤途中にメールを確認したが、やはり返事はなかった。
佳乃はもやもやしながらも、昨日のメールを思い出した。

昂平はなぜあんな連絡をしてきたのだろうか。
考えてみても全くわからない。

どこから送ってきたのだろう。
もしかしたら…あの海?
クロマルが亡くなったと書いてあった。
彼にとってクロマルは特別な存在だったと思う。
よく散歩をしていた場所。よく二人で居た場所。
クロマルの死が彼の行方不明のきっかけになっているのかもしれない。

もしその場所に居るとしても、
わたしなんかが行っていいものだろうか。
昂平はきっと一人でクロマルに向き合いたいんじゃないか。

ぐるぐると考えてを巡らせてみる。
…思いきって行ってみようか。

自分らしくない考えが突然浮かぶ。
午後から休みをとれば行ける。
自分のために休みをとることなんてほとんどないのだからいいじゃないか。
考えがどんどん大胆になっていく自分に気づく。
行ったところで昂平がいるとは限らないし、会えたところでそれはただの偶然にすぎない。
誰かに言い訳するかのように、理由を並べていく。

-今日行かないと後悔するような気がする。
佳乃は強くそう感じた。
昨日のメールに「私も心配している」とちゃんと書いて伝えていないことを既に後悔していたからかもしれない。

出勤し、仕事の予定を確認する。
溜まっている業務も急ぎの業務もない。
上司に休暇届けを半日申請し、承認を得る。
慣れていないこの流れに多少緊張しつつ、見事休暇を手に入れた時にはガッツポーズをしたくなった。
ここ数年、こんな風に自分の意志で動いたことがあっただろうか。
出産、育児、仕事復帰…確かにどれも自分が望んだことだけれど、これらと今回のことは何か異なるような気がする。

あ、そうか、と佳乃ははっとする。
今回のことは人生プランから外れていることだと。
母親を反面教師として生きてきた佳乃は、失敗しないように人生の計画案を考え実行してきた。
達成するたびに(案)を消していくような感覚は満足感よりも呆気ないなと感じる気持ちが上回った。

今回の海に行くことは何も計算されていない、いわば佳乃の本心から生まれた自分だけの感情だった。



午前中の業務が終わり、挨拶を交わして車に乗り込む。
目指す海は車で30分ほどの距離。
行くのは実に高校卒業以来である。

最初に出掛けた記憶が強く残ってるのだが、その後クロマルの散歩は佳乃が学校帰りに寄り道をすると大抵行われた。
きっと休日に約束して出掛けたことが当時の佳乃にとって強烈すぎることで強く心に残っているのだろう。
学校帰りに昂平が居ることにも慣れるくらい、それは恒例行事となり、二人の距離は縮まっていた。かといって、クラスではほとんど会話をしなかった。昂平のまわりにはいつも人がいて、佳乃が近づけなかったからだ。

この関係性は知られない方が良いと佳乃は思っていたし、きっと昂平もそう思っていただろう。
同級生に知られたらきっと茶化され一気に噂話となる。

佳乃にとっては宝物のような時間だったから、誰にも触れてほしくなかった。
それは親友である恵美にも。
しかし、あれ?と思う。
彼女から電話が来たとき、「佳乃にも連絡がきたら教えてね」と言った。
一見昂平と全く繋がりのない友人に大して普通そんなこと言うだろうか。

考え事をしていると、あっという間に目指す海に到着した。
車を停め、ドアを開け、車から降り、息を吸い込む。
とても懐かしい潮の香りが風に乗ってきて佳乃を包みこむと、佳乃は何故だか泣きそうになった。




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