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【小説】露草と淡色 最終話
昂平が亡くなってから一年が過ぎた。
あれから佳乃は月命日に海に行くようにしていた。その日が平日なら休暇をとるようにした。
休暇の手続きは随分流暢になったものだ。
月命日の日だけ、佳乃は昂平のことを考えた。
それが自分が背負える罪悪感の範囲だった。
以前と何も変わりなく同じように生活しているつもりだったが、佳乃の見える世界は淡く現実感がなかった。
感情が乏しくなったとも言われる。以前から冷静な
【小説】露草と淡色 第9話
昂平の葬儀の帰り道、
佳乃は恵美とあの海に行くことにした。
葬儀は昂平の希望で、身内だけで執り行われた。
それ以外にも親しかった者も数人来ていた。
その中で高校の同級生は佳乃と恵美の二人だけだった。
「久しぶりに会うのがこんな機会になっちゃうなんてね。」
恵美は言った。
佳乃と恵美は年に1回程度会うようにしていた。
佳乃が家庭をもち、会う頻度は減ったが会えば話は尽きなかった。
恵美は建築関
【小説】露草と淡色 第8話
この手紙を読んでいるあなたへ
この場所のことを知ってる唯一の人
高校時代はよくここへ来て、
一緒に散歩したり話をしたりした人
わたしはあなたにお礼を伝えたいと思いました。
ただそうするとあなたに迷惑をかけることになると思うので、手紙を書きます。
わたしは高校時代、あなたに救われました。
自分のことを話さないわたしをあなたはそっとしていてくれた。
それがとても嬉しかった。
少し自分のこ
【小説】露草と淡色 第7話
海沿いの遊歩道を歩く。
この道を昔は二人で歩いていたなんて幻のようだと思った。
遊歩道は以前と変わりなく、子ども連れの母親や高齢の夫婦などが散歩しており、平日の午後のゆったりとした時間が流れていた。
仕事帰りのスーツ姿の自分に違和感を感じながらも、歩きながら佳乃は昔のことを思い出していた。
クロマルはとても昂平に懐いていた。
どれくらい一緒にいるのかと聞いた時、「まだそんなに経ってない。」と答
【小説】露草と淡色 第6話
出勤途中にメールを確認したが、やはり返事はなかった。
佳乃はもやもやしながらも、昨日のメールを思い出した。
昂平はなぜあんな連絡をしてきたのだろうか。
考えてみても全くわからない。
どこから送ってきたのだろう。
もしかしたら…あの海?
クロマルが亡くなったと書いてあった。
彼にとってクロマルは特別な存在だったと思う。
よく散歩をしていた場所。よく二人で居た場所。
クロマルの死が彼の行方不明のき
【小説】露草と淡色 第5話
仕事を終え、帰路についた佳乃は昼休みに昔の思い出を回想したことに少し罪悪感を抱いた。
過去を思い出し、悔やむことに意味なんてない。
今目の前にいる子どもたちと夫との生活を大事にすることが今の私の役目だから。
ーでも、昂平は一体どこに行ったのだろうか。
もしかしたら長期休暇をとり、旅行に行っているだけかもしれない。
噂がどこかで変化した結果もしくはその過程が恵美からの連絡なのではないかと佳乃は思
【小説】露草と淡色 第4話
デートと呼べるものではないが、休日に二人で出かける。佳乃、高校1年生の秋。
当日、佳乃はかつてないほどの鼓動を感じていた。
波風立たない心の持ち主だと自負していたが、今日は波乗りさえ出来そうだった。
前回出会った東屋に行くと、そこには既に昂平が来ていた。クロマルは佳乃に気づくとしっぽを振った。
「制服しか見たことないから私服ってなんか新鮮。」
昂平が言った。佳乃も同じことを思っていた。
昂
【小説】露草と淡色 第3話
高校時代、佳乃は学校の帰り道に海に寄るのが好きだった。
自宅の方向とは少しそれていたので遠回りになるのだが、それでも寄っていた。
海沿いは歩道が整備されており、そこはその街に住む人々の憩いの場所だった。
歩道の要所要所には東屋とベンチがあり、
大抵佳乃は東屋の下で宿題をしたり、本を読んだり、ぼーっと海を眺めていた。
母との確執や気の合わない級友へのモヤモヤした気持ちがここへ来ると薄らいだ。
【小説】露草と淡色 第2話
『あの牧野昂平が行方不明だって。佳乃聞いてた?』
高校時代からの親友である長峰恵美からのメールに佳乃は飲んでいたアイスティーを喉につまらせた。
今は昼休み。事務職である佳乃はデスクワークで凝り固まった体をほぐすため、昼休みは職場の周りを散歩するようにしている。家計のためマイボトルを持参して。木陰のベンチに腰かけてもう一度メール読む。
昂平が?
牧野昂平は佳乃の高校の同級生であり、初恋の相手だ