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「滅び行く会社を撮りませんか?」    (リスタートアップ制作の裏側2)

■予告編(3分)


■シリコンバレーの幻想
ブータン視察から帰国して数日後、芸者東京の田中泰生さんからメッセージが届いた。「一度、事務所に遊びに来て下さいませんか?動画の相談などもありまして」

「ドキュメンタリー専門・映像制作」を掲げたとたん、仕事が激減したわたしは暇を持て余していた。金の匂いのするメッセージに、小躍りしたい気分でメッセージを打った。「すぐに、お伺いします!」

本郷のオフィスビルを訪ねると、満面の笑みを浮かべた田中さんが、出迎えてくれる。70~80人は収容できそうな広さのオフィスに、沢山のソファーがIKEAのショールームのごとく並んでいる。
そこに、ジーンズ姿の社員らが腰掛けて、MacBookを開いて仕事に打ち込んでいた。
「アメリカのイケてるIT企業、みたいですね」と思わず言葉が出る。

田中さんが「僕らはそんな、いいもんじゃないですよ」と笑いながら、社内を案内してくれる。「むかし、Twitterの本社を訪問したことがあったんです。広い社屋のあちこちにソファーが並んでいて、みんな自由に仕事をしていたんですよ。日の射す廊下や、風の気持ちいい屋上にもソファーが並んでいて、本当に理想の仕事の空間を見た気がしたんです。それで帰国後すぐに、ぼくらもソファーを買いまくったんですよ。」

いまや、インターネットを介し、世界のインフラとなったシリコンバレーのIT企業たち。彼らに対する憧れの視線を感じた。

休憩時間なのか、数人でカードゲームに興じている社員の姿が飛び込んでくる。田中さんが「彼らはデザーナーですね」と紹介してくれる。昼間っから、カードゲームを広げて盛り上がっている姿に「さすがゲーム会社!」等と感心してしまう。

彼らに向かって「それ、なんのカードゲーム、面白いの?」と話しかける田中さん。「君ら、休憩8時間ぐらいしてない?」と冗談を飛ばす田中さんに「良かったら、一緒にやりませんか?」と返す社員たち。軽妙な関西弁と少年のような田中さんの表情に、親近感が増す。

ブータンで会ったときは「会社を畳んで出家しようかと思う」などと話していた田中さんだったが、開放的なオフィスの雰囲気や彼の明るい表情からは、不穏な空気など感じられない。日本にも、こんな会社や働き方があるのかと、感心してしまう。

■魅惑の提案
「ところで岸田さん。動画のご相談をしたいんですが?」と田中さん。
いよいよ本題である。

田中さんからの相談とは、あるゲームを自社で開発することになったので、その様子を動画に収めて、メイキング動画に出来ないか・・・という内容であった。和製シリコンバレーを目指すゲーム会社の、意欲的な新規タイトル開発に、参加できるかもしれない。なんだか、ワクワクする展開だ。

だが、この先の話は予想を上回る展開だった。

「うちの会社は、このまま行くとあと1年ぐらいで資金が尽きるんですよ。倒産です。」
「えっ、そうなんですか・・・」
先ほどからの明るいテンションのまま、笑顔で倒産危機を語る田中さんに、どんなリアクションを返せば良いのかわからない。

続けて、田中さんが会社の歴史を語り出す。「創業数年で、世界初のARゲームやヒット作をいくつか出して、それなりに注目されたんですが、その後、全然上手くいかなくなり、僕自身も仕事への情熱を失いました。」

ようやく、田中さんが神妙な表情を浮かべる。「状況を立て直そうと大型のソーシャルゲームを立ち上げて、最近リリースしたんです。これがが見事にコケまして、いよいよ後が無くなったんです」と、壮絶な現状を告白した。

「いま、大変じゃないですか?!」と驚く私に「いやー、きついですね」と、笑顔のまま答える田中さん。
休日に山登りしたあとに、達成感と共にすがすがしく答える「いやー、きついですね」の顔だ。これまでにどんな苦労があったのか知らないが、もはや達観の域である。

一呼吸置いた田中さんが、話し出す。
「最後に、自分たちが本当に面白いと思うゲームを作ろうと思って、『筋肉ポーカー』というタイトルを立ち上げるんです。残りの資金で挑戦して、ダメなら華々しく散ろうと。そういう計画です。」

ヤバすぎる。もはや、玉砕戦ではないか。
「この一部始終を、動画に残してもらえたら面白いかなと思って。」
予想以上の過酷な状況に、私はゾクゾクした。

明るい表情で、倒産の危機を語る社長。
最後に、自分たちのやりたいゲームを作ろうという、刹那的な計画。
滅び行く会社を撮りませんかという、教学の提案。
鼓動が高くなり、ドキュメンタリーのセンサーが鳴り響く。

■驚異のドーピング剤
「ぜひやらせて下さい!」
その言葉を発したとき、私も胸がチクリと痛んだ。わたし自身の会社もこのまま行けば、いづれ力つきる状況にあった。

30代半ばで一般企業を辞め、映像制作をはじめた私は、仕事が軌道に乗り始めた頃合いを見て、独立からの目標であった「ドキュメンタリー」に、制作分野を絞り込んだ。ドキュメンタリーを撮りたいからはじめた映像の仕事だったので、この選択は間違っていなかったと思う。さりとて、仕事の激減は死活問題だった。収入が無ければ生きていけない。

そんな私に「本当にやりたいことをやって、ダメなら華々しく散る」と言い切った田中さんの言葉が、「ドキュメンタリー制作に賭ける」と宣言しながら、先が見えずに不安と逡巡に苛まれていた私の心に刺さる。

結果はどうあれ、田中さんのすがすがしい表情と迷いのない言葉が、私の背中を押してくれる。

暗闇の中で道に迷っていると、小さなランタンを持った先行者が現れた気分だ。こうして4年半にも撮影の日々がスタートする。
2017年11月のことだった。

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長編ドキュメンタリー映画「リスタートアップ」の劇場版完成と公開に向け、クラウドファンディングをスタートしました!

8月30日までに、本作の国際映画祭出展と劇場公開に関する製作費をファンディングする計画です。ぜひ、応援よろしくお願いします!

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