なっちゃんの魔法のバトン(童話)

 なっちゃんはお花が大好きな小学1年生の女の子。ある日、学校からの帰り道、チューリップを見つけました。香りをかごうと、そっと顔を近づけたところ、花の中にハチがいて、蜜を吸いながらジロッとなっちゃんをにらみつけます。なっちゃんは「キャッ!」と悲鳴をあげ、あわてて逃げ帰りました。

 なっちゃんは毎週火曜日夜7時からのアニメ番組「スーパー魔女のジェシカ」が大好きです。ジェシカが「フラワーショット!」と唱え、バトンを頭の上で3回回して振り下ろすと、あたり一面がお花畑に変わります。なっちゃんはジェシカの魔法のバトンが欲しくて欲しくて仕方がありません。

 夏がやって来ました。お盆にはいつもお父さんとお母さんと3人で、田舎のおじいさんの家に車で帰ります。きょうも朝早く自宅を出発、夕方おじいさんの家に到着しました。なっちゃんはおじいさんとおばあさんに「元気だった? 遊びに来たよ」と言うとすぐに居間へ走っていきました。そう、きょうは火曜日、もうすぐ「スーパー魔女のジェシカ」が始まります。なっちゃんはテレビの前に滑り込み、何とか間に合いました。番組が始まると、ジェシカといっしょに頭の上で腕をくるくる回して「フラワーショット!」と大声で叫びます。その様子を後ろから見ていたおじいさん、最初はけげんそうな顔をしていましたが、そのうちにっこりして一計を案じます。
 その日の夜、なっちゃんが寝てからおじいさんは物置でごそごそ始めました。何かを探しているようです。しばらくすると、細い棒のようなものを取り出しました。その棒に色紙を巻いたり、リボンをかけたり、工作を始めました。「よし、出来た!」とおじいさんはニコッとしました。なっちゃんのために、ジェシカが持っているのと同じバトンを作ったのです。そのバトンを大事そうに居間の戸棚にしまいました。

 翌朝、セミの鳴き声で目を覚ましたなっちゃんは居間にやってきて、おじいさんとおばあさんに「おはよう」と元気にあいさつします。なっちゃんが起きてくるのを待ち構えていたおじいさんは「なっちゃん、おはよう」と言いながら、「はい、これプレゼント!」と、昨夜作った手作りのバトンをなっちゃんに差し出します。起きたばっかりのなっちゃん、最初はぼうっとしていましたが、すぐに「あっ!」と大きな声を上げました。ジェシカが持っているバトンと同じです。「うわっすてき! おじいちゃん、ありがとう!」と言いながらバトンを受け取るとすぐに、頭の上で3回円を描き「フラワーショット!」と言いながら振り下ろしました。次の瞬間、玄関に向かって駆け出します。ガラガラと扉を開け、うちの前の空き地に目をやります。
 「あれっ?」と言いながらなっちゃんはきょとんとしています。目の前の空き地をお花畑にしようとしたのですが、空き地には草が生い茂り、きのう来たときのままです。なっちゃんはがっかりして、黙ってバトンをおじいさんに返しました。おじいさんはなっちゃん以上にがっかりして、寂しそうです。

翌日、なっちゃんたちは予定どおり帰っていきました。

 次の夏がやって来ました。今年もお盆になっちゃんたちは車でおじいさんのうちに向かいます。なっちゃんはこの前、お母さんに買ってもらったジェシカのTシャツを着ています。あいにく道路は大渋滞、夜遅くようやくおじいさんの家に到着しました。あたりはもう真っ暗で、何も見えません。なっちゃんたちは長いドライブで疲れ切りました。その日はごはんを食べ、お風呂に入って寝ることにしました。

 次の朝、すっかり元気になったなっちゃんは一番早く起きてきて、おじいさんたちがいる居間にやって来ました。おじいさんはなっちゃんが起きてくるのを待ちわびていました。「はい、どうぞ!」とおじいさんは大事にしまっていた去年のバトンをなっちゃんに手渡します。なっちゃんはバトンのことをすっかり忘れていましたが、おじいさんからバトンを受け取り思い出しました。1年ぶりにバトンを持ち、少し戸惑いながら遠慮がちに小さな声で「フラワーショット!」と言いながらバトンを頭の上から振り下ろしました。半信半疑ながらもそのまま玄関に走っていき、ガラガラと扉を開けます。
 「えっ⁉」。なっちゃんは目をぱちくりさせています。なんと目の前の空き地一面にヒマワリが咲き誇っています。
 「やったー! お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、みんな見て! ひまわり畑ができたよ!」。
 なっちゃんにお父さん、お母さん、おばあさん、みんな満面の笑顔です。その様子を横目で見ていたおじいさんは得意げな顔をして黙ってうなずいています。空き地をお花畑にするため、去年の秋から土を入れ、耕し始めました。肥料をまいて、春にヒマワリの種をまき、お盆のころ満開になるよう大切に育ててきました。都合がいいことに、きのうなっちゃんたちは夜遅く、真っ暗な中到着したため、ヒマワリ畑に気付かなかったようです。
 なっちゃんは大喜び。その日は一日中、バトンを手放しません。夜も枕元に置いて寝ました。

 次の日の朝、なっちゃんはおじいさんに尋ねます。
 「ねえねえおじいちゃん、このバトン持って帰ってもいい?」
 おじいさんは答えます。
 「もちろん、いいとも。でもね、このバトンは1年に一度しか花を咲かすことができないんだ」。
 なっちゃんは少し考えます。
 「おじいちゃん、来年のお盆まで預かっておいてくれる?」
 おじいさんは「あぁいいとも」と言いながら「さて来年は何を植えようかな・・・」と考えながら大切そうにバトンを戸棚の一番奥にしまいました。



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