雨の日の日曜日は
雨にも匂いがある、と気がついたのはいつのことだろうか。
薄曇っている遠い空の向こうからほのかに漂ってくる雨の匂いがわけもなく好きだった。ほのかに漂ってくるその匂いはまるで世界の気配のように感じられた。
降り始めの雨の匂いは「ペトリコール(Petrichor)」と呼ぶということを以前にどこかで聞いたことがある。ギリシャ語で「石のエッセンス」という意味なのだけど、それの正体はというと、石や土に付着した植物の油が雨によって空中へ巻き上げられることによるものらしい。
今日は日曜日。
一雨ごとに秋の気配を強めていく季節は物悲し気な衣装へと衣替えをし始めたところで、夏の派手さも捨てがたいけど、大人の雰囲気を漂わせるこの季節が私は一番気に入っている。
予報通りに降り始めた雨は、世界をモノトーンに染め上げて、通りを車が行き交う音もほどよく抑制のきいた喫茶店のBGMのように私の心を落ち着かせる。
今日はどこにも出かけない日。
窓の外を眺めるあなたは少し残念そうだけど、私にとってはそれほどでもない。
あなたはとてもアクティブな人だから、すぐにあちこちに飛び出して行ってしまう。ドッグランを駆け回る犬のようなあなたに汗をかきながらついて行くのももちろん楽しいのだけど、何かに夢中になったあなたは私の事を忘れがちだから、それを少し寂しく思ってしまう時もある。時々ね。
でも雨の日にはあなたはずっとこの部屋にいてくれる。
だから雨の日曜日は特別な日でもある。あなたをここに繋ぎ止める鎖。これは私の我儘だろうか?窓を伝う水滴を膝を抱きかかえてぼんやりとただ見つめる。雨の日は時間が静かにゆっくりと流れていく。
あなたは雑誌をパラパラとめくっている。
外を見るふりをしてあなたの横顔をこっそり見つめている。おあずけを喰らった犬のような横顔。
「今日は私がなにか作るよ」
私はそう言っておもむろにキッチンに向かい、冷凍庫から凍った食材を取り出して、ゆっくりと解凍を始める。
手持無沙汰なあなたはコーヒーミルで豆を挽き始めた。
少し開けた窓からは薄っすらとした雨の匂い。
雨の日と月曜日は憂鬱になるらしいけど、雨の日の日曜日は私にとって素敵な日なの。
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