砂漠の金字塔

夜空にはぽっかりと丸い月。そしてまるで隙間を埋め尽くすように一面の星が瞬いていた。

砲手であるエドワードは戦車の上部ハッチから顔を出し、夜空を見上げて辺りを見回す。空は月と星の海。そして地上は一面の砂の海だった。

「おお寒っ」

吹き抜ける冷たい夜風にぶるりと身を震わせると手袋をつけたままの手を擦り合わせる。摩擦熱で十分に手を温めてからごそごそと胸ポケットを探り、マッチと煙草の箱を取り出した。
風で消えてしまわないよう慎重にマッチを擦り、煙草に火を点ける。荒涼とした砂漠の只中に、ぽつんと一つ光が灯る。

エドワードはひとしきり紫煙を燻らせると、甲板で煙草を揉み消してからハッチの中を覗き込む。

「おいトーマス、見てみろよ。すげえ夜空だぜ」

戦車の運転席で、手元のライトの明かりを頼りに地図と睨み合いを続けていた操舵手のトーマスは、暢気なエドワードの言葉に顔も上げず苛立たし気に言葉を返す。

「なにすっとぼけた事言ってやがる。こちとら通信機の不調で部隊とはぐれてから現在地を割り出すのに必死なんだぞ。空なんか眺めてる暇があったら方角が分かるような目印の一つも見つけてみろってんだ」
「そうは言ってもなぁ。見渡す限り、なーんにもありゃしねえよ」

エドワードはもう一度ぐるりと辺りを見回すが、どこまで行っても星と砂の海が続いているだけだった。諦めたように懐から煙草をもう一本取り出し、再びマッチを擦る。暗闇をわずかに掻き分ける様に光が灯る。

そのとき、ちらりと遠くで何かが煌いたような気がした。

「ん?」

エドワードは首から下げた双眼鏡を持ち上げると、両目に当ててそちらの方角を見る。双眼鏡のピントを合わせながらよくよく目を凝らすと、すべてが曲線で構成された砂漠の中に、わずかに直線で出来た人工物らしき何かが見えた。エドワードは再びハッチの中を覗き込んでトーマスに声をかける。

「おい、トーマス」
「なんだよ、今度は月が奇麗だぞってか?愛の言葉じゃねえんだからちょっとは意味のあることをしてくれないか」

トーマスの暴言によっぽど黙っていてやろうかと思ったエドワードだったが、ここで喧嘩をしても仕方がないと思い直す。戦車のハンドルを握っているのはトーマスなので、彼の機嫌を損ねればどこにも行けなくなる。
トーマスの機嫌が良い所などエドワードは数えるほどしか見たことが無かったが。所属する部隊のレクリエーションと称したクジ引きでラッキーストライクが1カートン当たった時くらいか。

「トーマス、何か人工物みたいなものがあったぞ」
「あ?」

やっとこさトーマスが地図との不毛な睨み合いを中断して顔を上げる。

「3時の方角。距離は……1200ヤードくらいか」
「すぐそこじゃねえか。本当に人工物なんだろうな」
「砂漠に角ばったものなんてないだろ?」
「岩かもしれねえがな」

言いながらもトーマスは戦車のエンジンに火を点ける。
ボッボッボッと黒煙を吐き出しながら目を覚ました戦車は、滑る砂に足を取られながらもキャタピラで無理やり砂を踏み締めながら動き出した。エドワードはハッチから顔を出したままトーマスを誘導する。

「もうちょい右。……ああ、その方角にまっすぐだ」

視界の中で人工物が徐々に大きくなっていく。それは日干しレンガを積み上げた三角錐の先端に見えた。

「なんなんだありゃ」

距離に合わせて双眼鏡のピントを調整していると、急にエドワードの視界が下方にズレる。双眼鏡から目を離して見回すと、戦車がいる地点を中心に周りの砂が沈み込み始めており、窪地が出来上がりつつあった。

「トーマス!なんか沈んでるぞ!」
「分かってる!くそ、駆動が効かねえ」

トーマスは必死にハンドルを操作しエンジンをフル回転させるが、流れ落ちる砂の勢いの方が勝っていた。
濁流と化した砂と共にずぶずぶと戦車全体が沈んでいく。
不意にメリメリという音がしたかと思うと、戦車が一気に沈み込む。エドワードの視界が砂で覆われるとともに彼の意識も暗転した。




「おい、いい加減起きろよ」

荒っぽい言葉と共にヘルメットをかぶったままの頭に衝撃が伝わる。
エドワードが意識を取り戻し、うっすらと目を開けると、目の前には咥え煙草でしゃがみこみ、こちらを見つめるトーマスの髭面があった。いつの間にか戦車の甲板に横たわっていたエドワードは体を起こす。意識は失っていたが、幸いにも体に大きな負傷は無いようだった。起き上がった拍子にヘルメットの内側に溜まった砂が一気に流れ落ちる。ぺっぺっ、と口に入り込んだ砂を吐き出すと、エドワードは周囲を確認する。

「……なんだここは」

レンガ造りの壁に囲まれた部屋だった。驚くべきは周囲に散らばっている調度品と思しき物品の数々。
日用品から馬車の荷台と思われる物まで、全てが真上に大きく開いた穴から差し込む月の光を受けて金色に輝いている。
何より目を引いたのは、起き上がって正面に見える金色の巨大な柱だった。天井まで続くそれは全てが金で覆われており、表面には何かの文字らしきものが刻み込まれている。

先に覚醒していたと思われるトーマスが立ち上がりながら告げる。

「どうやらここはピラミッドの中みたいだぜ。しかもここはどうやら王様の部屋らしい」

確かに豪華な調度品を考えると王族の中でも最高位の者の部屋だと考えてもおかしくは無い。
しかし肝心の王の棺が見当たらない。

「なら王様は何処にいるんだよ」

問いかけるエドワードに対してトーマスは黙って下を指さした。
甲板から降り、戦車の下をエドワードが覗き込むと、棺と思しき物体は戦車の下敷きとなって完全に潰されていた。ミイラと化した細腕の肘から先がつぶれた棺から哀れに千切れてはみ出していた。

「俺らは砂漠に埋まってたピラミッドを踏み抜いたってわけか」

真上に空いた穴から月が見える。穴の縁からまだ少しずつパラパラと砂が落ちてきていた。目測で高さを測るが、どう見ても天井までは届きそうもない。トーマスを見るといつの間にか金の首飾りをタンクジャケットの上から身に着けていた。そのあたりに落ちていたものを拾ったらしい。
エドワードの方を振り向いて告げる。

「見ろよ、俺達大金持ちだぜ」
「こんな状況で大金持ちも何もあるかよ」

エドワードは千切れた王の腕を摘まみ上げると目の前でプラプラと振る。

「どうやってここから出るんだよ。外に出られなかったら俺達もそのうちこいつの仲間になっちまうだけだぜ」
「戦車は動くから、なんとかならねえかな」
「お、戦車はまだ生きてるのか!いやしかし動くと言ってもな……」

この部屋に落下した衝撃で片方のキャタピラは外れ、主砲塔は30度くらい右に曲がってしまっていた。少なくともこのまま戦闘に参加することは出来そうもない。

「どうにか方法はないもんかね……」

エドワードのつぶやきを受けて周囲を見まわしたトーマスは、ある一点に目を留めた後、にやりと不敵な笑みを浮かべて提案してきた。

「なあ、こういうのはどうだ?」




ぎりぎりまで距離を取ったのち、戦車の主砲塔でピラミッドの中心に位置しているであろう黄金柱に狙いをつける。砲塔の先端は曲がってしまっているため、角度をつけて狙いを定める必要がある。
砲手としての経験はそこそこ積んできているエドワードだが、さすがに曲がった砲塔で弾を撃ったことはない。

「どうなっても知らねえぞ」
「どっちにしたって生き埋めか飢え死にだ。やれるだけやってみようぜ」

エドワードの捨て台詞に対して少々やけくそ気味にトーマスが答える。
エドワードはゆっくりと一つ深呼吸をすると意を決して引き金を引いた。至近距離で放たれた砲弾は見事に柱の中央に突き刺さり、大きく破壊する。穿たれた穴を中心として大きくヒビが入り、自重を支えきれなくなった柱はメキメキと音を立てて倒れ始める。

「やった、成功だ!凄いぞエドワード!」

戦車前面の覗き穴から状況を確認していたトーマスが叫ぶ。
しかし衝撃の入り方が悪かったのか、柱はあろうことか弾を撃った戦車の方に向かって倒れてきた。

「おい、やばいぞ避けろ避けろ!」

エドワードの警告を受けてトーマスは戦車をバックさせようとするが、片側のキャタピラが無いためにその場でぐるぐると回り始めてしまう。
もたもたしている間にズシン!という大きな音を立てて柱は倒れた。ピラミッドの天井が再び抜け、柱の末端は地上へと繋がった。

もう一方の末端が倒れた先は辛くも戦車の手前3フィート程の距離だった。ほっとエドワードがため息をつく。

「危なかった……。砲塔が曲がっていて良かったぜ」

正面から弾を打ち込んでいたら、柱はまともに戦車を押しつぶしていただろう。罰当たりな二人もこのピラミッドの王とまさに同じ運命を辿っていたかもしれない。下敷きにされた王としてはまことに不本意な結果となった。




キャタピラが片方無いために苦労はしたものの、世界で最も高価な坂道を渡って、二人はピラミッドから脱出する。

外に出ると、世界は夜明けを迎え始めていた。

朝日が上る東の方向に戦車の向きを合わせる。
エドワードは思わず十字を切って呟く。

「しかしとんでもない事をしちまったな。あとで絶対呪われるぞ」
「そういうセリフはポケットにこっそり突っ込んである金の首飾りを王様に返してから言うんだな」

ハンドルを握りながらトーマスが返す。

キャタピラの無い片側を半ば砂に沈み込ませながら、二人を乗せた戦車は明るく染まっていく砂漠の中を太陽に向かって走り始めた。


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