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『→北海道まで』

既に3時間が経っていた。

「いやー、止まってくれないねえ」
「……」
「お腹すいたね」
「……まあ、そうだな」
「ねえねえ、あそこに吉野家あるしさ、ご飯食べて帰らない?」
「お前、言い出しっぺの癖に自分から言うなよ、そういうこと」

はあ、とため息をついて高木竜二はスケッチブックを持って構えていた手を下ろす。彼の隣でしゃがみこんでいるのが杉原拓海で、向かう目線は大通りの向かいにある牛丼屋に釘付けになっている。
大学の友人である彼らはここですでに3時間、立ちっぱなしで(拓海は早々に座り込んでいたが)、目の前を通り過ぎる車を眺めている。
別に彼らは車を眺めるのが趣味でここに立っているわけではもちろんなく、ヒッチハイクをしようと試みているのだ。

「ヒッチハイクがしてみたい!」という拓海の急な思い付きに竜二がいきなり呼び出され、高速道路のインターチェンジが近いこの場所に来たものの、いっこうに車が止まってくれる気配はない。ちなみにスケッチブックは竜二が用意した。竜二のアパートまで迎えに来た拓海が手ぶらだったからだ。

「そもそもこれ、行き先が北海道ってのが良くないんじゃないか?」
「えー、行きたくない?北海道」
「いや行きたいか行きたくないかって言われればそりゃ行きたいけどさ」

しかしここから北海道まで行く車がそう都合よくいきなり通りかかるとは思えない。

「もう少し近場を書いた方がいいんじゃないか」
「じゃあ青森とか?」
「あんまり変わらない気がするぞ」

二人がそう話す間もひっきりなしに車は行き交っている。
行き先を書いたスケッチブックを下ろしているので、今の二人はただ大通り沿いでぼーっと立っている二人組男子でしかない。
その時、彼らの目の前を荷台に大きく『北海道急行』と書かれたトラックが通り過ぎていった。

「……あ」「あれ?」

二人同時に気がつくが、時既に遅し。
当然のことながらトラックの運転手が二人に気がつくはずもなく、そのトラックはすぐ先のインターチェンジに吸い込まれていった。
はーっ、と先ほどよりも大きい溜息をつくと、竜二も拓海の横にしゃがみこんだ。

「……飯食って帰るか」
「そうだね」

とぼとぼと大通りを渡り、向かいの牛丼屋で二人仲良く牛丼大盛卵付きを頼む。

「そもそも俺ら二人とも財布しか持ってないじゃん。逆に北海道行きの車が捕まってたら困ってたわ」
「思い付きで行動するのは良くないね」

しれっと拓海が言ってくるのを横目で眺めながら、竜二は卵をよく掻き混ぜて牛丼の中央にぐりぐりと箸で穴をあけ、溶いた卵を流しいれて掻き混ぜる。横の拓海も卵付きを頼んでいたが、こちらはそのまま牛丼にのせて箸で上から潰す。

「拓海はそういうとこ雑だよな」
「何の話?」
「なんでもない。そもそも場所が悪かったんじゃないのか?」
「でもインター近くはつかまりやすいってネットに書いてあったよ」
「インターによるんじゃねえの」
「まあ、あそこ関越道につながるインターだしね」

思わずむせそうになるのを水で流し込んで竜二は拓海に文句をつける。

「じゃそもそもあそこから乗っても新潟方面行っちゃうじゃねえか。そりゃ車も止まらんわ」

手を振りながら拓海が弁解する。

「いや、そうとは限らないよ。途中で東北道方面に行くかもしれないでしょ」
「そりゃそうだけど、じゃなんでわざわざあそこにしたんだよ」
「一番近かったから」
「……今度するときはもう少し捕まえやすそうな場所調べとけよ」

そう言って竜二は牛丼をかき込むのを再開する。拓海は行儀悪く牛丼を食べながらスマホを取りだしてなにやら調べ始めた。

(別に今調べろとは言ってないけどな)

そう思いながら竜二は拓海のスマホを覗きこむ。
案の定、ヒッチハイクで車を捕まえるのに向いている場所を改めて調べているようだった。画面を見ながら拓海が言う。

「なんかさ、高速道路のサービスエリアだとヒッチハイクって捕まりやすいみたいだよ」
「あー、なるほど。確かに向かう先は決まってるもんな」
「じゃあさ、今度は僕の車で東北道のどっかのサービスエリアまで行ってからヒッチハイクやろうよ」

いや、それもうヒッチハイクじゃないだろ。
そう突っ込む気力ももはやなく、「そうだな」と生温い笑顔で竜二は答えるのだった。

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