斎王と鴉の歌
深い森の中、どこまでも曖昧模糊とした白い霧が烟る中を、複数の人影が列を成して進んでいく。しゃらん、しゃらんと鈴の音だけが、白い世界に谺する。行列の中央では無垢木で出来た輿を仮面を付けた者達が担いでいる。輿の中には少女の姿。齢の頃は一二、三であろうか。白装束に身を包み、かすかに潤んだその瞳には虚無の色が映り込んでいる。
どこかの梢で、鴉が啼いた。
ーーーは。
少女は目を見開く。
次の瞬間、白い霧を割って黒い塊が勢いよく行列の中へと飛び込んできた。
それは襤褸同然の大鎧と、黒獣の毛皮を身に纏った一人の若武者だった。当たるを幸いとばかりに自らの身長ほどもある大刀を滅多矢鱈と振り回す。
ピュン、と大刀が振り回される度に鮮血が飛び散り、清浄な白い世界に朱が撒き散らされる。
「はっはぁ!」
歯を剥き出しにして獣の笑みを浮かべた若武者は、心の底から殺戮を愉しんでいる。
「貴様っ。山賊の類いか」
誰何する護衛の武者を半笑いで切り伏せる。
輿ごと地面に投げ出された少女がようやくそこから這い出た頃には、若武者以外にその場に両の足で立っているものは居なかった。
「そなたは、何者なのですか」
震える声で尋ねる少女に、そこで初めて気がついたかのように、若武者は振り返る。
「己れか? 己れは『鴉』さ」
瞬く間に従者を鏖殺した若武者は、血の滴る大刀をぶら下げて凄惨な笑みを浮かべた。
***
神に仕えるべき斎王が拐かされたという報せはすぐに都の帝へと届いた。取り乱した様子で謁見の間へと現れ、事の次第を報告した家来に向けて、帝は一言だけ告げる。
「始末しろ」
冷や汗を垂らしながら家来は答える。
「しかし、かの賊は手強く」
「お前は何を言っている?」
家来の言葉を遮って、冷ややかに帝が言う。
「汚れた斎王などもはや無用。ーーー斎王を殺せ」
【続く】
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