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【詩】波頭の泡 月の道

鈍色(にびいろ)の波に 銀色の波頭(はとう)
波がしらの上に踊るは 小さな泡
生まれては消え 消えては生まれる
その泡の一生を 寒風吹きすさぶ砂浜に立ち
君はじっと 見続けている

泡は踊る ささやかな生を謳歌するため
泡は笑う 必然の死を知っていながらも
波の連続は 生死の連続だ
泡は生まれ 泡は消える 波頭から顔を出し 弾けては消える

白い月明りに照らされ 銀色の波頭が舞う
君の瞳(め)に映るは 泡の歓喜か あるいは絶望か
規則的な波音は 風の音に抗い続ける

ざぶぶん ざああ ざぶぶん ざああ
ざぶぶん ざああ ざぶぶん ざああ

泡の一生は 人の一生だ
大いなるものから生まれ出で 踊り狂って 戻りゆく
彼らの声は 次の泡への口伝(くでん)
変わらない波音は 消滅と再生を教える

今 彼女の頭上を 満月が通った
あれだけ荒れ狂っていた風が その瞬間 ぴたりと止まる
月の道を見つけた彼女が 水平線を指さす

あの道を辿れ あの道をゆけ
人が生まれいでた 源がそこにある
波の生まれる場所 泡の戻る場所
誰もがみな あの道からここに来た

白い波がしらに 鋼色(はがねいろ)の泡が遊ぶ
涙を堪(こら)えた彼女の横顔に 束の間の笑みが浮かぶ
再び押し寄せた真冬の風が 月の道と 彼女の髪をなぶる

ざぶぶん ざああ ざぶぶん ざああ
ざぶぶん ざああ ざぶぶん ざああ

一瞬の僥倖(ぎょうこう)を脳裏に映したまま
海に背を向け 彼女は歩き出す
泡は生まれ 泡は消える
生と死のあいだに あなたは何を残すのだろう

泡の一生は 瞬きほどの間もなく終わる
生と死のあいだに あなたは何を語るのだろう