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日々の思考と記録

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毒にも薬にもならないけれど、身体に染み込むように、思ったこと、考えたことを自分の言葉で書きます。拙くたって、伝わらなくたって、真摯に書く。
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2019年1月の記事一覧

鳥かごのカーテンをくぐったその先へ

鳥かごのカーテンをくぐったその先へ

 形式的な新年の挨拶を身内と交わして、友人にはLINEを送る。
 なにも考えずに一通りやりとりをして、ある種の儀式だなと思う。

 その挨拶にこめられた意味はあまり関係なくて、形だけをなぞっていく。ただ、儀式を済ませることで「去年と今年」の間に、くっきりと線引きをする。時計の短針が12を指しただけじゃ、実感が欠けているから。

今年は背伸びをする年 せっかくだから、2019年の抱負でも書こうと思っ

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下書きの山

下書きの山

 最近じわじわと下書きの数が増えています。

 思いついて書き始めたはいいものの、途中で材料をたくさん入れすぎて、なんの料理を作っているのかわからなくなって、断念します。

 ちょっとずつ書き進めているものの、出口が見えないまま、今日も1つ書きあげられない記事が増えました。だから、代わりの文章をいまこうして書いています。一体なにがしたいのか自分でもよくわかりません。

 ただ、時折下書きを見返して

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ヒエラルキーの外へ

ヒエラルキーの外へ

 新年会があった。
 ひとしきり鍋を取り囲んだ上で、酔いが回ってくるとだんだん本音が漏れ始める。それは溜め込んだ鬱屈の蛇口が緩められたように、最初はチョロチョロと、やがて大きな流れとなってこぼれていく。

 それぞれが仕事や家庭を持って、我が道を歩んでいる。なんらかの集団に属していて、ヒエラルキーに取り囲まれている。だからなのか、友人間でも無意識にヒエラルキーを構築し始める。

 誰よりも上で、誰

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日常に潜む編集

日常に潜む編集

 いろんな人の手垢がついた言葉を使うことに躊躇する。

 だから、ついつい僕の文章や話は冗長になる。その違いを明らかにしようとすると、どうしても言葉数が多くなってしまう。けれど、それで良いとは思っていなくて、もっと端的に、要点を押さえた喋り方をする努力はしてきたつもりだ。
 ただ、なかなかどうして思い通りにはいかない。

 去年の暮れから「編集」に興味が出てきた。

 そもそも編集とはなにか?
 

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孤独となかよし

孤独となかよし

 孤独というのは、1人になることではない。

 自分の世界に引きこもるというのは他者の存在を拒絶しているだけで、孤独とは別物だと僕は思っている。
 現実を見つめようとするからこそ、孤独を突きつけられるのだ。引きこもることが現実から目を背けるのだと考えると、それは対極に位置するものだ。

 もしこの世に1人の人間しか存在しなかったら、その人は孤独感を覚えようがない。だって、1人であることが当たり前な

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ちゃんと迷惑かけてよ

ちゃんと迷惑かけてよ

「人に迷惑をかけなければいい」

 誰かに強く言われた覚えはないのに、気づけばそんな思想を持つようになっていた。そして、メディアやSNSで時々同じような言葉を目にする。

 寛容に見えて、それは無関心なだけだ。

「迷惑かけなければOK」の背後には「迷惑断罪おばけ」が潜んでいる。
 そいつは迷惑かけた瞬間に「あれほど言ったのに!」と、鬼の形相で飛び出して迫ってくる。

 お前が悪いんだ。だから、懲

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別の言い方すると、なんだっけ?

別の言い方すると、なんだっけ?

 以前から苦手にしていることがあって、入力した情報の構造を変えることがなかなかできない。たとえば、聞いた言葉を要約して書いたり、文字を図にしてみたりという行為が壊滅的だった。

 グラレコの練習を始めた理由の1つにはそれができるようになりたいという理由もあります。ただ、訓練の繰り返しで少しずつできるようになってきました。

 その過程で明らかになってきたのは、変えられるということは、それがわかって

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暗転する物語の世界

暗転する物語の世界

 久々に小説を読んだ。
 最近は小難しい専門書や実用書ばかり読んでいたせいで、もう半年近く小説を読んでいなかった。物語に触れたい欲求が出てきて、本棚にあった小説を手にとった。

 すぐに飽きちゃうのかな、と思って読み始めたら、あっという間に惹きこまれて1日で読み終えてしまった。

 読後の満足には、「あー、終わっちゃた」という寂しさがないまぜになっている。いつも不満を覚えるのは「その後はどうなった

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毎日できる型作り

毎日できる型作り

 なにやっても続かない。
 そうやって嘆く人は結構いて、三日坊主を繰り返した僕としてはとても共感を覚えると同時に、もったいないと思ってしまう。

 それは、その人の資質とか能力の問題じゃないから。
 正確には、持って生まれたもののせいにしてしまったらできることがない。だから、そういう風に考えるのが不毛でしかない。

 じゃあ、どう考えたらいいのか。
 型のせいにしてしまう。

 つまり、続けられる

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「感じる」のアウトソーシング

「感じる」のアウトソーシング

 僕の車にはドライブレコーダーがついているのですが、ただ録画するだけのものじゃありません。エンジンを切ると、その時の運転を総括します。

「今日は少し急ブレーキありました。事前にスピードを落とすようにしましょう」

 僕はそういった説教に対して「こちとら無事故・無違反のゴールド免許だぞ」と呟くところまでがいつものやりとりです。

 運転する度にそんなことを言われているので、最近流行っているAIアシ

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ためらいの幻想

ためらいの幻想

 気の乗らない連絡を2つほど引き延ばしていた。なまじ明確な期限がないだけに、目の前の生活を優先させてしまう。けれど、必要な連絡である自覚はあったので、後回しにすればするほど自分の首を締めることはわかっていた。

 だから、今朝意を決してメールを2つ書いて送った。

 簡単に言えば、「有名無実化されたものを解消しましょう」というものだ。別に放っておいてもお互い困るわけでもないけれど、年明けのタイミン

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毒にも薬にもならない言葉の効能

毒にも薬にもならない言葉の効能

 昨日、区切りをつけることについて書いたら、その日のうちに5、6年前に1度会ったきりの人から連絡があった。
 僕はその人とWSで一緒になっただけで話した時間で言えば、合計で10分にも満たないんじゃないだろうか。

 その人が、僕のnoteを読んでくれて、「インタビューゲームがやりたい」と言ってくれた。

 本当に世の中不思議だ。
 身辺整理をしたことと連絡がきたことに関連性は見出せないのだけど、無

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興味のないものに関心を持つお試し

興味のないものに関心を持つお試し

 まったく興味のない映画を観に行ってきた。
 なんで観に行ったかと言うと、関心のないものに関心を持つにはどうすればいいかという実験のためだ。

 僕は自分で好き嫌いが激しいと思っている。毛嫌いするわけじゃないけれど、気に入らないものは興味を持たない。

 ただ、なんにでも好奇心を持つ人がいて、そういう人は素直に凄いと感じている。なんでその人達は、些細なことまで興味津々に聞けるのだろう?

 もしか

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文章に宿る感情は

文章に宿る感情は

「色々な文章を読ませてもらっていて、楽しいんだろうなと思いました。」
 僕のnoteを読んだ人から不意にそんなことを伝えられて、嬉しさよりも先に不思議に思ってしまった。

 文章の楽しさってどういう風に伝わるんだろう?

「楽しい」と書かれた文を僕が読んだとしても、まったくその感じは受け取れない。そこに笑顔の写真や挿絵が描いてあったら、伝わってくるかもしれないけれど、文章だけでは書いている人の気持

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