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【ファンタジー小説】優しい午後の歌/第四話「塔への侵入」

 思えば塔のことを教えてくれた庭師は他にも様々なことを教えてくれた。下町の言葉や木登り。そう、あの年取った庭師も母が僕に危ないことを教えるからと王宮を追われたのだ。

なんていう理不尽だろう。

 僕は、乳母や庭師が好きだった。媚びへつらうばかりでなく、対等に接してくれる、権力のない彼らが。素早く足を走らせると、塔はすぐそこだった。

 何度もこの塔に近づいたことがある。その度にラウザーや他の者が目を光らせて、僕にそれ以上、立ち入るなと言ったのだ。
 手を触れることさえ出来なかった塔の扉の前。
 僕はベルトポーチを探ると、液体の入った小瓶を取り出した。
 フタを取って、足にかからないようにしながら鎖にかける。鎖はとたんに煙をあげた。数分もたたない内に鎖は溶け落ちる。煙を吸わないように口と鼻をおさえて完全に鎖がボロボロになって落ちたところで息を吐いた。

 これで古い扉を開ける準備は整った。古びた扉の取っ手に触れる前に辺りを見回す。誰もいない。打ち捨てられた古びた塔を警備する理由も無いか。

――いける。

 僕は早くなる鼓動を抑えつつ重い扉に手をかけてゆっくりと引いた。埃が立ち上り、扉の金具がきしむ音がする。僕は素早く扉の中へ、身を滑り込ませた。

 薄闇のなか、手探りで携帯カンテラの火を灯す。塔は筒状で、庭師の言った通り螺旋階段が上へと続いていた。注意深く足を照らしながら、階段を登る。明りとりのための小さな窓が等間隔で並んでいる。
上まではどのくらいあるのだろう?

 はた、と僕は足を止めた。かすかに歌声が聴こえる。ああ、あの歌声だ。いつもかすかに聴こえていた歌。もしかしたら幻聴かと思っていたが、今はハッキリと聴こえる。一歩足を進めるたびに歌声が近くなる。歌はこの国では聴いたことがない言葉だ。見上げると、どうやら、もう少しで最上階のようだ。僕は前にも増して用心深く足を進めていった。

 最上階についた。そこには朽ちかけてはいるが、堅牢な扉があった。その扉にもカンヌキがしてあった。これは内部からは、開けられないが、外からなら簡単に外れそうだ。腐りかけた木製のカンヌキを引くと、もろもろと崩れながら扉のくさびは外れた。
 古びた扉に手をかける。手に汗がにじむ。何せ、子どもの頃からの謎が今、解けようとしているのだ。果たして何があるのか。暗い室内をカンテラが照らし出した。
 すぐに鼻をついたのは臭い。何年も開けていないガスだまりともいえる臭気が鼻をついた。ハンカチで鼻を抑えながら、カンテラを室内に向ける。

「……!!!」

 粗末な木の板の台をカンテラが照らすと、見たくないものを見てしまった。
 明らかに、それは人の骨だった。


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