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ディケンジング・ロンドン|TOUR DAY 2|互いの友《3》

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『互いの友』あらすじ
塵芥で財を成したハーモンの莫大な遺産を受け継ぐことになっていた息子のジョン・ハーモンが、テムズ川で水死体となって発見される。彼の死と残された財産をめぐって、二組の若い男女を中心とした社会のあらゆる階層の人々が「互いの友」を通じて交錯する。

 夜の帳と霧のカーテンがロンドンの街をメランコリックに包んでいます。ヴィナスの店の次に巡る『互いの友』ゆかりの場所は、テンプルにあるモーティマーの事務所。

 事務所の扉を開けるとそこには、画家・鳥居椿さまの優美な夜色の諧調で描かれた二人の青年が、頽廃のムードをたたえて佇んでいました。

day2_地図_鳥居さま

day2_作品_鳥居さま

鳥居椿 | 画家 →HP
水彩画を中心に個展・グループ展等で作品を発表。日常に潜む不穏な空気感、不安感から題材を得た内的形象を描く。自身が少女であった頃の眼差しから逃れられず、少女期特有の偏執的な思考、記憶の片隅にあるもの達を作品に投影している。

00_ツアー案内_文と訳

ユージーン・レイバーンという謎

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 ユージーン・レイバーンは『互いの友』の中心人物の一人である。上流階級出身の物憂げで無気力な弁護士で、いつも憂鬱に沈んでいる。法廷弁護士の資格を取って七年間一度も仕事をしたことがないユージーンは、同じように事務弁護士の資格を取ってから五年間ほとんど仕事をしたことのない親友のモーティマー・ライトウッドとともに、同じ憂鬱を分かち合い、怠惰で無為な日々を過ごしている。

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 ディケンズはユージーンがこのような倦怠に陥った理由を彼の本来の資質ではなく、生まれ育った環境と結びつけている。上流階級の家で五人兄弟の四男として生まれたユージーンは、生まれる前から絶対的な権力を持つ父親に人生を支配されている。ユージーンは、人生のはじめから意思を奪われて生きてきたために、自分の意思がどういうものなのか、果たしてそれが存在するのかどうかもわかっていない。

 身分違いのリジー・ヘクサムに恋をしても、彼女との関係をどうしたいのか決断できないでいる真の理由は、階級差ではなく自分自身が継続した情熱を持つことができる人間かどうか信用できないでいるからである。ユージーンにとっての一番の謎、それは自ら認めるように「ユージーン・レイバーン」自身である。労働を忌避して無気力に溺れるユージーンは、ディケンズの前期小説であればヒロインを堕落させる誘惑者として描かれてもおかしくないが、本作では怠惰で軽薄だが、人間味あふれる内面を持つ人物として好意的に描かれ、主役の一人を演じている。

献身的な友人モーティマー

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 モーティマー・ライトウッドはパブリック・スクール時代からのユージーンの親友である。いつも物憂げな様子だが、ジョン・ハーモンの相続を担当する事務弁護士という立場上、作中で様々な人物を繋ぐ重要な役割を果たしている。皮肉屋で本心を語らないユージーンも、親友モーティマーには唯一心を許している。二人で共同生活を営むなど、二人はパブリック・スクール時代の延長のような、強いホモソーシャルな絆で結ばれている。ユージーンはモーティマーに対しては彼なりに誠実であろうとし、モーティマーもまた、自分だけが例外的な扱いを受けていることをわかっている。

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 興味深いことに、作中で多くのキャラクターに付与される恋愛や結婚の要素が、モーティマーにはまったく描かれていない。それを穴埋めするように描かれるのは、親友ユージーンへの献身的な友情である。二人は互いに寄り添っているものの、ユージーンがモーティマーのよき理解者である以上に、モーティマーがユージーンのよき理解者であろうとする様子が何度も描かれる。作中で、モーティマーが積極的に関心を持つ相手はユージーンただ一人に限定されていると言っても過言ではない。モーティマーから結婚や恋愛の要素が排除されていることで、二人の絆はさらに際立つことになる。

 ユージーンやモーティマーを19世紀末的なダンディの先駆けであるとする研究や、ユージーンと、オスカー・ワイルドの戯曲『真面目が肝心』のアルジャーノンとの類似性を指摘する研究もある。ユージーンとモーティマーは、ディケンズの後期作品で中心的役割を果たすようになっていく、頽廃的で無気力な人物の集大成のようなキャラクターとも考えられるが、その物憂げな姿は、二人の絆とともに、忘れがたい魅力を放っている。

熊谷めぐみ | 立教大学大学院博士後期課程在籍・ヴィクトリア朝文学 →Blog
子供の頃『名探偵コナン』に夢中になり、その影響でシャーロック・ホームズ作品にたどり着く。そこからヴィクトリア朝に興味を持ち、大学の授業でディケンズの『互いの友』と運命的な出会い。会社員時代を経て、現在大学院でディケンズを研究する傍ら、その魅力を伝えるべく布教活動に励む。



00_通販対象作品

作家名|鳥居椿
作品名|答えのない謎々

作品の題材|『互いの友』
アクリル絵具・ワトソン紙
作品サイズ|31cm×23.5cm
額込みサイズ|42.5cm×33.5cm×3.5cm
制作年|2020年(新作)

答えのない謎々s

答えのない謎々_額

Text|KIRI to RIBBON

 ロンドンの夜霧を思わせるモノクロームの陰影が描き出す二人の美しき青年。紫煙をくゆらせながら、倦怠の時間を共有している。香り立つノーブレスが紫煙と混じり合い、物憂い頽廃のムードが部屋全体に横溢している——

 少女を描くことで知られる画家・鳥居椿さまが、もうひとつの魅力である臈長けた絵筆を手にディケンズの世界を旅し、洗練を極めた一作を届けて下さいました。

 少年期を共に過ごしたユージーンとモーティマー、二人の間に流れる他の誰とも交わらない特別な時間。見えないけれど、二人を強固に結びつけている証である時の姿を、鳥居さまの絵筆は活写します。罪深いまでの美が留められた頽廃の一枚は、ディケンズが描こうとした核心に直に触れたような妖しい魅力を湛えています。

 物憂い表情、優美な仕草、折り目正しくもそこはかとなく不良な着こなしに、ディケンズ後のダンディの系譜も読み取れます。

 この後はDAY2最後のツアー。ロンドンを離れて『エドウィン・ドルード謎』ゆかりのケント州ロチェスターへ!

★作品販売★
通販期間が当初の告知より変更になりました

12月7日(月)23時〜販売スタート

★オンライン・ショップにて5%OFFクーポンが利用できます★

本展のオンライン開催方法と作品販売については
以下をご高覧ください

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