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ディケンジング・ロンドン|PASSPORT 3|頽廃とゴシック

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 オンライン開催まであと二日となった《ディケンジング・ロンドン》展。菫色の小部屋には13組の作家による多彩な美術作品が並び、霧と共に、ヴィクトリア朝ロンドンの気配が漂いはじめてきました。



 ツアーへの準備としてお届けしてきたパスポート記事も今回で最後。「頽廃とゴシック」から眺めたディケンズ世界で締めくくりたいと思います。

 

 ロンドンのストリートを巡る架空のツアー、もうすぐ出発です!



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上写真|『大いなる遺産』サティス荘のモデルとなったレストレーション・ハウス


Text & Photo|Megumi Kumagai

 

 頽廃、無気力、ダンディ、ブロマンス、殺人、ミステリー、幽霊、廃墟、ゴシック、幻想、追憶。

 このようなキーワードから連想するヴィクトリア朝の作家は誰かと問われて、ディケンズの名を最初に挙げる人は少ないかもしれない。しかし、ディケンズの作品には、そのようなモチーフが溢れている。

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上図版|『クリスマス・キャロル』(John Leech・1843年)

 

 代表作である『クリスマス・キャロル』を含め、ディケンズの作品に幽霊や幻想は欠かせない。ディケンズ自身も墓地を散歩するのが好きでお気に入りの墓地を持っていると告白しており、その作品にはどれも、濃度の差はあれ、ゴシックの香りが満ちている。また、ディケンズのほとんどの作品には犯罪やミステリーの要素があり、『荒涼館』のバケット警部はその後の小説の探偵像に影響を与えたキャラクターとも言われている。

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上写真|ロンドンのハイゲイト・セメタリー(Photo: HOLON)

 では、頽廃、無気力、ダンディ、ブロマンスはどうだろうか。むしろこれは、オスカー・ワイルドのような十九世紀末文学の領域ではないかと考える人も少なくないだろう。
 しかし、ディケンズは、特に後期の作品で、頽廃的で無気力な人物を多く登場させており、彼らは作品で重要な役割を果たすととともに、独自の妖しい魅力を放っている。

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上写真|オスカー・ワイルド

「倦怠に心を動かされやすいという点では」この立派な人物は答えた。「僕が人類の中で最も首尾一貫した人間であると保証するよ」

チャールズ・ディケンズ|著
熊谷めぐみ|訳
『互いの友』より

 たとえば、ディケンズ晩年の作品『互いの友』の主要人物である、ユージーン・レイバーンやモーテイマー・ライトウッドは無気力で頽廃的なダンディである。彼らは、一つ屋根の下で共同生活を営む親友同士でもある。


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上図版|『互いの友』(Marcus Stone・1893年)

 ディケンズ最後の作品『エドウィン・ドルードの謎』のジョン・ジャスパーは、倦怠とアヘンに耽溺し、大聖堂で美しい声を響かせながら愛する甥の殺人を計画する。こうした、ユージーンやモーティマー、ジャスパーなどを、後の十九世紀末文学の先駆け的なキャラクターとみなす研究もある。


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上図版|『エドウィン・ドルードの謎』(Luke Fildes・1870年)

 ディケンズの作品にはいつも光と影がある。そうした二面性や、明るい世界と暗い世界が近距離で交錯する様子は、矛盾を抱えたヴィクトリア朝社会そのものであり、華やかな通りから一つ隣の路地に入れば貧民街が広がるといった、ヴィクトリア朝ロンドンの光景でもある。

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上図版|Bishopsgate Street (Gustave Doré ・1872年)

 ヴィクトリア朝ロンドンというとシャーロック・ホームズのイメージが強いかもしれないが、イギリスではホームズと並んでディケンズのイメージも強い。しかし、ホームズとは異なり、オリヴァー・ツイストやスクルージといった作品の登場人物のイメージと結びつくだけでなく、作家であるディケンズ自身もまた、ヴィクトリア朝ロンドンのイメージと強く結びついている。ディケンズはロンドン以外を舞台にした作品も書いているが、彼がもっともその力を発揮するのは、インスピレーションをもとめて毎日のように歩き回った大都市ロンドンを舞台にした作品である。

 ディケンズはユーモアあふれる作品を書きながらも、常に影に惹かれ続けた作家である。そのことは彼の作品が証明している。ダークでミステリアスで頽廃的で、実に魅力的な、知られざるディケンズ文学の世界、その面白さを巡る旅に一緒に出かけてみませんか。


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上写真|レストレーション・ハウスの窓から庭を望む

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上写真|レストレーション・ハウスの庭にて

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