彼酔イ坂〜街角美身~遥か道の幸へ 013/小説+詞(コトバ)
「うわ~、うれしいなァ! 冗談でも、二人の年下の男の子からそんなこと言われて」
「男の子って、ボクは子供じゃないですよ」
翔が口を尖らせました。
「そうですよ! ボクだって子供じゃないし、冗談でもないですから」
横尾が、道乃に詰め寄りました。
「ありがとう。こんなにモテたの久しぶり。泣いちゃいそうだから、ちょっとトイレに行って来るね」
道乃は、席を立ちました。
「横尾さんは、ホントに道乃さんを奪えますか?」
翔が、道乃の後ろ姿を見ながら聞きました。
「もちろん! カケルくんは、冗談だったのかい?」
横尾が、グラスの酒を一口飲みました。
「ボクだって、本気ですよ」
「じゃあ、勝負しよう。どっちが先に道乃さんを奪えるか」
「いいですよ。絶対に負けませんから」
「でも、カケルくんは、毎日ここで道乃さんに逢えるんだよねェ…」
「そうですよ。ボクの方が断然有利ですね」
「ちょっとカケルちゃん、熱くなり過ぎよ。お客さまに失礼でしょ。店が立て込んで来たから、そろそろ仕事に戻ってちょうだい」
マネージャーが、カウンター越しに言いました。
「横尾さん、すいません。仕事中なのをすっかり忘れてました」
「カケルくん、ボクは本気だからね」
「ごちそうさまでした。失礼します」
翔は、自分のグラスの酒を飲み干し、仕事に戻って行きました。
「カケルくん、もう帰れるんでしょう? 早く帰ろう」
着替えを済ませた道乃が言いました。
「はい。今、着替えてきますから、ちょっと待ってて下さい」
翔は、控え室に急いで行きました。
「ねぇねぇ、道乃ちゃん。どっちがタイプなの?」
売り上げの計算をしていたマネージャーが聞きました。
「あんなの冗談に決まってるじゃないですか」
「なに言ってるのよ。あの二人は本気よ」
「そんなことないですってば」
「中途半端なことしたらダメよ」
「もう、マネージャーったら」
「お待たせしました。帰りましょう、道乃さん」
翔が着替えを済ませ、控え室から出て来ました。
「じゃあね、マネージャー。また明日」
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
道乃と翔が、店を出て行きました。
「面白くなって来たわねェ」
マネージャーが、ニヤリと笑いました。
「さっきの話は、本気ですから」
「まだ言ってるの? もういいってば」
「ボクも横尾さんも、本気ですよ。本気で道乃さんのことが好きなんです」
「逢ってから、まだ二週間しか経ってないのよ」
「いいえ、もう二週間も経ってます。確かに、まだ愛じゃないかもしれない。でも、恋をするには、もう充分な時間です。そして、恋だからこそ一途に求めるんです。奪うことが出来るんです」
「カケルくん、一人で熱くならないでよ。奪うって、どういうことかわかってるの?」
「ええ。道乃さんと、一緒に生きて行きたい」
「そう…。じゃあ、奪ってよ。ダンナから私を奪ってよ」
「運転手さん、一番近いホテルに行って下さい」
翔が、道乃を見つめて言いました。
「わかりました」
運転手が応えると、二人は前を向き、無言になりました。
しばらくして、タクシーが停まりました。
翔が料金を払い、先に降りました。
「運転手さん、行って下さい」
道乃が、小声で言いました。
「いいんですか?」
運転手が聞き返しました。
「ええ。早く出して下さい」
「はい」
運転手が頷き、自動ドアを閉めました。
「道乃さん!」
翔が叫びました。
しかし、走り出したタクシーは、あっという間に夜の闇の中に消えて行ってしまいました。
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