カウンセリング8回目、労い
今日は8回目のカウンセリング。
実はこの一週間の間に、
父母から急な入電があった。
(嫌だったなぁ。。。)
内容は伏せるけど、
あぁこの人たちは本当に私の都合とかどうでもよくて、自分が安心するために行動しているんだなと思い知らされた感じ。
でもカウンセリングで父母の話をしているせいか、
嫌だけど、嫌で仕方ないんだけど、
嫌なりの対応ができた。
嫌そうな態度も取ることができて(伝わる?笑)できるだけ関わらないで欲しい態度を向けることができたというか。
でもカウンセリングではその話はしなかった。
自分の心うちに目を向けたかったし。
この一週間は、とても穏やかだった。
こんな感情で暮らしたことがないからほんとうに不思議で。
この一週間というより、ここ2週間くらいなのかな。
予定を入れないで外食もほとんどしなくても満たされるなんて、本当に不思議。
休みの日に勉強も家事もほっぽってグダグダしていた日もあった。
人と会わなくても平気だった。
もう一度言うが本当にそんな時間の過ごし方はなかったのだ、
これまでの私の人生には。
カウンセラー
「グダグダしていた日はどうでしたか」
私
「意外と一瞬でした」
カウンセラー
「これまではそういう時、どんな気持ちを抱えていましたか」
私
「休みの日であっても、生産性のないことに価値はないと思っていました。
なんというか、罪悪感もあるし・・・」
カウンセラー
「罪悪感?どんな風にですか」
私
「みんなが働いているときは休んじゃいけないという思いがありました。」
そこでハッとする。
思えば私の幼少期、
きょうだいが受験等で大変な時期は遊びに行ってはいけない
親が家事や仕事をしている間は休憩してはいけない
というようなルールがあった。(なんのこっちゃ)
その縛りがこんなに大人になった今も私の行動に影響をしていたんだと思う。
私は本来、もっと自由でよかったはずなのに。
今はもう、別に暮らしているんだから自由にしていいはずなのに。
こんな話にもなった。
私は外でいろんな人に会うことが好きで、
それは思考の深い人や自分にはない概念に触れたいから。
知的好奇心を満たしたいから。
だから男性の話はすき。無駄がないし、面白い。
でも女性の話は・・・は、ここに記したとおり。
ここに、カウンセラーが着目した。
カウンセラー
「うみさんは、
女友だちにお母さんを重ねていませんか。
昔からお母さんがうみさんに愚痴を吐いていた様子と、女友だちの愚痴の傾向が似ているように聞こえますね。」
な、なんと・・・!
そうか、だからこの終わりのない愚痴、
「じゃあこうすればいいじゃん」
「でもさ・・・?」
の繰り返しが嫌だったのか!!!
うわー、なるほど。その考えはなかった。
それから私が国家資格をいくつかとって
専門職として前職に採用されたとき、父母は苦々しい顔をした。
それを感じたとき、
「あ、この人たちはいつまでも私のことを所有物として感じていて、かつての自分を超えられたくないんだな」と思ったことを覚えている。
それについても、
カウンセラー
「一般的には、親が子の成長を通じて思う
『自分にはない若さやエネルギーや成長』に、どこか寂しいと感じること自体はおかしくはないと思うんですね。
でもうみさんはいつも所有物扱いされていると感じた。」
うんそうなの。
親からされたこと(きっとそこを書くことはない気がする)も傷だけど、
母親がかばってくれなかったこと、ある意味母親が加担していたこと、
生活のすべてが、私を支配していたんだと思う。
考えれば考えるほどいまいましい。
くそっ、絶対乗り越えてやる・・・!
カウンセリングを通して、
本当に自分の気づきが多いと感じる。
だから他者からの学びを今欲していない、
=人に会わなくてもいい、状態なのかもしれない。
今日は帰り際、
「カウンセリングに通って心のフタを開け続けていて(=嫌な過去と向き合ってきて)ほんとによかったです」
と自然に言葉が出てきた。
そんな私に、カウンセラーはこう返した。
「うみさんが毎回こういった苦しさと向き合ってこそできていることです。
頑張っているうみさんを労ってあげてくださいね。」
ニコッ😊
今日は笑顔でカウンセリングを終えられてよかった。
こんな日があってもいい。
カウンセラーの方、私の笑顔を見たのは初めてかもしれない。笑
来週はお試し月間で
カウンセリングを週2日にする。
またいろんな自分に向き合っていけたら。
友香さんのこの記事いいな。
私も表面の幸せじゃなくて
いつかもっと自分を赦して深く幸せになるんだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?