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月がデカすぎる夜

210630-55%パチンコ屋を出ると夜になっていた。大きく伸びてあくびをし、停めてあった車に乗り込もうとすると誰かに呼び止められた。そんな気がしたけど辺りには誰もいなかった。数時間にわたってパチンコ台の轟音にさらされてか、耳がまだ調子を取り戻せていない。幻聴だったのだろう、だってあのコがまた自分に声を掛けるはずがない。

車を走らせるとポケットに入れてあったスマートフォンがこぼれ落ちた。シートの下に手を潜らせると指先づたいに金属の輪っかを見つけた。1ヶ月前に無くした指輪はこんなとこにあったのか。取り出した指輪の一部はすでに腐食が始まっていた。車から降りて、あのコの指の代わりに夜空の月にあてはめようとしたら、上空に月の姿は無かった。おかしいな、雨でもないのに月が見つからないなんて。キョロキョロ見渡すとマンションの隙間に隠れていた。今夜の月はかなり低いとこにいる。そして、とてつもなくデカい。見つけた月に指輪を被せてみようとすると、少し動いてマンションの上に立つ広告看板に隠れた。

月のいじわる。近ごろ何をやっても上手いこといかない。ふくれながら歩いていると家の近くで坊主が箒を掃いていた。なんでこんな夜更けに、と思うと明日は一年を折り返す日。あなたが今ひとりなのは大事なものをなくしたからではないでしょう、なんてお節介までしてくれた。今宵の月はあんなにも大きいけれど半分欠けている。満月になるともっと迫力あるものになるだろう。そうか、自分はまだ半人前なのか、だから坊主の頭はあんなにも丸いのか。今年残り半分をどう過ごそうか自分で決めることだけに、まんまると考えてみるのも悪くない。さっきポケットに押し込んだ指輪を取り出そうとしたら、ふたつに割れた。手のひらに置いてみて、半分どうしでくっつかないと丸にはならない指輪はどうだろう。きっと残りの時間にやらなければならないことが自ずと見えてきそうだ。とりあえず帰ったら家の掃除でもはじめようか。ほかにも無くしたものが見つかるかもしれないし。

絹掛

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