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ひとり出版者になるということ。(3)

前回書いたように、DVDブックを出版するには今年が絶好の機会だとは思ったものの、新型コロナの感染拡大が中国で起きている対岸の火事ではなくなった頃から、正直モチベーションが下がっていった。4月に映画館が休館となって本業の映画配給に危機を感じ、業界の先輩たちと Help! The 映画配給会社プロジェクト を立ち上げ、暫くはそれに追われる日々だった。プロジェクトがローンチしてようやく落ち着いてきた時には、もう6月になっていた。再度シミュレーションをし直して本格的に動き出すことにしたが、今、思い出しても6月の自分はボーッとして機動力が落ちていた。7月になってデザイナーさんと改めて打ち合わせすると、進捗が遅れていることに驚かれ、我に返る。本の企画者で編集者でライターの自分は、先ずは何をするべきか。映画がベースとなったドイツ映画『100日間のシンプルライフ』の12月公開前の11月発売と仮決めすると3ヶ月ちょっとしかないことに愕然。細かいスケジュールを立て、逆算して同時に進めていくしかない。とりあえず、構成を考えながら、インタビューをしていくことにした。久しぶりの人とも初対面の人ともオンラインでインタビューするしかないのは残念ではあったが、遠くにいる人とでもすぐに実施できたのは、時間がない状況の中では有難いことでもあった。その中で唯一、大九明子監督だけはリアルでインタビューした。大好きだったテレ東深夜ドラマ「コタキ兄弟と四苦八苦」の終了後にたまたま録画されていた「捨ててよ、安達さん」を見た時は本当に大興奮だった。捨てようとしているモノが語りかけてくるなんて、ある意味、理想じゃない?誰がこんなことを考えたのだろう。と、話を聞きたくなって、大九監督にインタビュー依頼をしてご快諾いただいた。公開中の映画『私をくいとめて』も素晴らしく、才気あふれる大九監督に、このタイミングで映画を観て貰ってお話を伺えたのは、DVDブックを作ってよかったと思うことの一つだった。

「本のタイトルが決まっていたら送って」とデザイナーさんに言われて、ハッとする。そうか、「DVDブック」はタイトルじゃない。なぜDVDブックを作るのか、改めて考えた。出版を本業としないkinologueが、なんのために作るのか。行き着いた答えは「映画の『その後』を語る」だった。kinologueで大切にしているのは、映画は観ただけで終わらないということ。映画にはつくった人や観た人による「その後」がある。それを本という形にしたのがDVDブックであり、kinologueで出版をする意義だ。そんなことはkinologue以外、きっと誰もやらない(笑)。そして、これはメディア論研究者の端くれとしてのチャレンジでもある。上手くいったら他の映画でも展開したいという希望も込めて「AFTER THE CINEMA:映画の『その後』を語る本」というシリーズとして、今回はその第1弾とすることとした。

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2年前にDVDブックの制作を思いついたとき、世の中にDVDブックという形態が存在するのか、色々と調べてみた。例えばこれ。

美しい本を作る人の話ゆえに、とても凝った作りになっている(知り合いが作っていたので、その背景もよく知っていた)。題材も作り手も本づくりのプロ中のプロの仕事、予算的にも技量的にも真似できない。その他には、動画教材的なDVDが付録としてついている本はたくさんあるが、それもちょっと違う。やはりこれはこれまでにない形態なのだ。決まっているのは、製品版DVDをそのまま使うこと、それと同じサイズの本を作ること。どうやってDVDと本をセットにするか、それも書籍として書店に置いて貰えるものにしなくてはならない。デザイナーさんが音楽CDのパッケージを参考にいくつかアイディアを出してくれて、カッコ良くていいねー!というプラスティックケースの案に乗り気だった。「でも一つ問題があって、この案、エコじゃないのよね」とデザイナーさんがボソッと呟く。この映画でモノを増やしてどうするんだ!と当初DVD発売さえやめようとしていたというのに、エコじゃないのはこの映画ではあり得ない、、、紆余曲折を経て決めたのが、大きめの紙帯で包む+シュリンク案。帯は映画のキーカラーである黄緑を落ち着かせる、ナチュラルな仕上がりにした。

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これまで、映画パンフレットを数知れず作ってきたが、本の「つくり」についてじっくりと考えたのは初めてだった。表紙・帯・見返し・目次・ノンブル・奥付といった部位、紙質・束(厚さ)などの体裁など、手元にある本もその視点で見直すと、本をつくる人たちが何に心を砕くのか、ほんの少しだがわかる気がした。自分なりには色々考えたつもりだが、やはり堂々と本とは言えず、冊子やミニブックと言ってしまうのは、これがまだ映画パンフレットの延長としか思えないからだ。本づくりの道は長く、険しい。

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7-8月に5人のインタビューを終わらせ、ライターとして4人分を原稿化。その他の原稿が6本。全部自分で書くと決めたのだから、とりあえず、書けるものから書いていくしかない。書き出したら予定より文字量が足りなくなったり、レイアウトを見て写真を足したくなったり、ページネーションが変更につぐ変更。自分が空間を埋めたくなる病に冒されているのもわかり、デザイナーさんにはたくさん迷惑をかけた。表紙込みの80ページという構成が決まり、「厚めの冊子」としての形が見えてきた。映画パンフレットだったら、データを入稿して印刷し、映画館に納品すれば終わりだが、出版者はそれでは終わらない。本という形をつくるまでは、出版者の仕事の半分しか終わってないことを、この後、思い知ることになる(次回に続く)。

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