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ひとり出版者になるということ。(1)

遡ること2年半前。修士論文を進めている最中に、独立系取次トランスビューの工藤さんを訪問した。映画配給つまりは映画の流通が研究領域の私にとっては、メディア流通の先輩格である出版流通は押さえるべき対象だ。縮小し続ける出版産業、雑誌不振による取次システムの綻び、2000年頃から出てきた小さな出版社、カフェ併設や雑貨を販売する独立系書店など、ここ20年の動きは映画業界と共通するところが多い。

出版社でもあるトランスビューは注文出荷制という独自の仕組み(トランスビュー方式と言われている)で、小さな出版社と共同で書店に新刊情報を送り、流通の代行をしている。それが一体どういうものなのか、話を聞いてみたいというのが訪問の主な目的だったが、研究の調査として時間を頂くのは申し訳ない気がして、出版の相談案件をひとつ持って行くことにした。

それは、ここ数年、倉庫の保管料を払い続けている『365日のシンプルライフ』のDVDをどうするか問題に端を発している。アマゾンだけでなくNetflixでも配信が始まり、NHKでは短縮版がオンエアされ、さすがにDVDの売れ行きは鈍っていた。このままいつまでも保管料を払い続けるのか。それとも、もう売れないだろうと見切りをつけて廃棄するのか。それはつまり、ゴミにするということ?これ以上、モノを増やしてはいけないということで、当初はDVD化をしない予定の作品だったのに、最終的にモノどころかゴミを増やすなんて、この作品でやってはならないことだと思った。だったらどうする?をずっと考え続けていると、ある時に閃いた。「本にして売る」のはどうだろう?DVDに小冊子をつけてセットにしてDVDブックとして売るアイディア。しかし色々と調べてみても、そんな事例は殆どなかった。が、配給者だからこそ作れる「本」があるのでは!と思い込み(笑)、その相談ということでトランスビューさんに連絡することにした。

全く面識がないので、サイトから問い合わせのメールを送った。
すると、その日のうちに、
「メール拝受しました。映画、どれも面白そうですね。
冊子付にして、書店で売るのも可能性があると思います。」
という返事が工藤さんから来た。わー、ちゃんと配給作品をチェックしてくれたんだ!「可能性がある」というお言葉に浮き足立つ。
そして「下記の本に前提として共有したいことが纏められているので、それを読んで、それでも興味があるようでしたら、お会いしてご説明します」と書かれていた。なんて無駄のない親切な人なのだろうか。

本を読んで、俄然「トランスビュー方式」に興味をもち、アポを取った。
地元でテッパンな手土産を持って行ったつもりが、工藤さんのご実家が地元に近く、珍しくないものだったので、何だか恥ずかしい思いをしながら、本題に。とりあえず『365日のシンプルライフ』のDVDブックの話をした私に「出版もやったらいいじゃないですか」と工藤さん。きょとんとすると、「kinologueさんの配給する映画は書店と相性がいい。置かれる棚が想像できます。だから可能性があると思いますよ」
出版案件の相談に行ったにも関わらず、出版を事業として継続的に行なうことは、全く想定していなかった愚かな私だったが、そんなことを言われて、ワクワクしない訳がない。マジか。面白そうー!しかし、トランスビュー方式は基本的に書店を守るための方法なので、出版社には厳しいことも説明を受けた。やるからには継続的な事業にしないと、採算が合わない。色んな宿題を貰って、トランスビューを後にした。どうしたらいいか、今すぐ動きたい!と意気込んだが、目の前にある修士論文から逃げるようなことはしてはならないと我に返った。しかし、その日のうちに、聞いた数字でシミュレーションをしてみたが、やはり1冊の出版計画では採算が合わないことがわかった。いずれにしても、今は「その時」じゃない。

そして、2年が経った。博士課程に進んだが、変わらず映画配給も続けている。数ヶ月に一度、保管料の請求が来るたびに、DVDブックのことを思い出していた。どうしたもんかなぁ。。。
すると思いがけないところから、「その時」がやってきたのである。
(次回に続く)



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