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ほほ〜と思った話

私はときどき、このnoteであったりblogなどで、なんかちょっと思想っぽい話するじゃないですか。

それは大体いつも「集団ありきの個ではなくて、個ありきで、たまたまそのタイミングで偶然集団になっただけっていうスタンスが健全だよね」とか、「他者のものさしにすがるんじゃなくて、自分の中にあるものさしで自分を評価した方が精神衛生上よいよね」とか、「何か外的な、カリスマ的なものを信じ切るんじゃなくて、参考にはしつつも結局は自分だよね」とか、「からあげ定食ってつい頼んじゃうよね」とか、「syrup16gはいいぞ」とか、なんかそういったことをコネコネコネコネ繰り返してるんですけど。

そういったことをウェブでうだうだうだ〜って話してると、わりと「なるほど確かに」って言ってくださるかたはいるんだけれど、これを常々からわりと強めの問題意識として持ってる人って、リアルでは会ったことなかったんですよ。

あんまり、こう、問題意識感出しちゃうとね、引かれちゃうじゃないですか。だからリアルでは積極的にはこういう話をしてないというのもあるんですけど。

昨日ですかね、初めて、ほぼ同じ方向性の考え方を、結構ガッツリ詰めてらっしゃる方にお会いしましてですね。

で、「へえ〜〜〜」と思ったのがですね、「自分の考えに対してピントの合った補足をしてくれる他者と話すと、こんな気持ちになるんや〜〜〜〜」という発見だったのですよ。

一部の、たとえばヴィーガンの方などが自分の考えにやたらと頑なになってしまう気持ち、ちょっとわかりました。
この「わが意を得たり」という感覚はね、かなりね、「気持ちいい」ですね。
わりと自我がしっかりしてないと危ないレベル。タイミングがちょっと前のうつっぽい感じの自分だったら、「自分で考えてるつもりで、その実洗脳されてる」の状態になってたかもわかんない。

この感覚を得てしまった以上は、たぶんこれまで以上に、自分の考えをよくよく疑いながら物事を考える癖をしっかりと持たないといけないなって思いました。
これはかなりね、諸刃の剣ですよ。いいこともめちゃくちゃいっぱいあるし、その代わりリスクも高い。

今までよりもさらに柔軟で多角的な考え方をしないとだな、と思いました。自分とは相いれない意見とかもよく見て、独善的にならないようにしていかないと。
「たまたまパチンコじゃなかっただけ」っていう言い方をたまにしますけれども、ほんとそうですよ。その自覚を持たなければ。

ん〜いい出会いでしたね。かなり。

たまにはそんなこと思う時あるんですよ。

ええ。

はい。

また。

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くさもときのこ(キノコファクトリー)

くれるものはなんでももらうわたくしでございます。

フゥ~!
くさもときのこです。キノコファクトリーという名義で絵を描いたり歌を歌ったりします。シェアアトリエ&ギャラリーはじめてしまいましたねえ https://kinocofactory.work/workshop.html