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馬場裕一プロへ(文・長村大)

 ごく、個人的な話をしたい。
 今年の3月の終わり頃、おれは日本プロ麻雀連盟というプロ団体に所属することになった。
 十数年ぶりに「麻雀プロ」として活動を再開することが決まった、その数日後のことだった。連盟に入ることは決まったものの、まだプロとしての活動はなにも始まっていなかったおれに、黒木真生プロから電話が入った。
「4/10の日曜、ヒマ?」
 要件を先に言ってほしいな、とは思ったが、どうせヒマを持て余す身である。
「空いてるけど、どうしたの?」
「実は…」
 4/10に行われる「麻雀最強戦2021・男子プロ一撃必殺」に出場予定の馬場裕一プロが体調不良で出場できそうもない、ついてはその「代走」として長村に声がかかった、という話だった。
 出場すること自体は、もちろん断る理由はない。だがやはり気になるのは、馬場さんの体調である。あまり調子が良くない、ということは聞いていたが、具体的な病名などは、この時点ではまったく知らなかった。
 後に馬場さん自らが公表することになるのだが、病名は癌であった。

 やはり──と思わなかったといえば、嘘になる。最強戦を辞退するほどの病気、つまりは。予想できた答であったとはいえ、やはりショックであった。程度や進行具合はこの時は聞かなかった記憶がある、聞かなかったというよりも、知りたくなかったのかもしれない。
「いやでも、元最強位といってもはるか昔のことだし、ついこの前プロになったばかりだし、おれで大丈夫なの?」
 現実的な質問で、現実から目をそらした。
「馬場さんの指名だから」
 あっ、と思った。馬場さん直々の指名。馬場さんの「代走」。
 
 麻雀プロに復帰したのも、思えばなりゆきや偶然が重なったものだった。ここ数年、近代麻雀で原稿を書かせてもらったり、あるいは麻雀店のゲストに呼んでもらったりと、しばらく離れていた麻雀業界と再び関わりを持つようになっていた。それ自体、偶然に近代麻雀編集長・金本氏との知己を得たことから始まっている。プロ連盟に入った直接の原因も、素面ではない状態──つまりは酔っ払いだ──でなにげなくSNSにポストした発言がきっかけだった。
「そういう……流れなんだよ」
 黒木さんが続けた。黒木さんらしい表現だな、と思った。
 流れ。たしかにそう解釈すれば、今までそこかしこに散らばっていた小さな偶然たちが、一本の線で繋がるようにも思えた。つまりそれこそが──必然、なのかもしれない。
「わかりました。出させてもらいます」
 そう答えた。

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