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【厳格お父さん ③透のはなし】

「なんでまた味ないパンやねん、まあええけどさぁ」
捨て犬にパンを与えて三日が経っていた。犬を道から見える場所に置いたりしたけど、飼い主が現れる様子はなかった。とかいいつつほけんじょが現れると嫌だから、すぐに茂みの中に戻したりしたんだけど。
「そろそろパンじゃいやだよなぁ」
「でも俺たちお金ないし…」
「うん、ドッグフード買えるお金ないよ。しかも天気予報、明日から雨だったよ」
「この箱じゃ応えられないよなぁ」
「…そろそろお父さんに頼んでみようかな」
「あんな厳しいお父さんに…大丈夫かよ」
「…いままでの人生をよく考えてみたんだ。お父さん、意外と理由を説明してくれるんだよ。ただだめってことじゃないと思うんだ。でもこの犬はもうこの先、誰か拾ってくれるまでは家がないんだろ?僕だって家があるのに、この犬にないのはおかしい」
「…そのとおりだね」
翔ちゃんはときどきすごいことを言う。僕はどちらかといえば周りとうまくやっていけるように気をつかって意見を変えたりしてるんだけど、翔ちゃんは事実をちゃんと見てる。
「あとさぁ、たぶんマリ喜ぶと思うし、お父さんマリの事になると折れるんだよ」
「良く見てるなぁ」
「親が喧嘩とかするとさ、いやでも声が聞こえるじゃんか。お父さんの方が大人な対応だけど、いつも折れるんだ」
「パンもう嫌やからはよ連れてってくれや」
「なんか喜んでる!!」
「ほんとに話がわかる犬だなぁ」
「よし、お父さんに頼んでみよう」
そういうと翔太は、前かごに箱ごと犬を入れて(箱が大きすぎて斜めに入れてたのは気になったけど)颯爽と自転車を漕ぐのだった。
「じゃーなー!」


僕は帰りの自転車を漕ぎながら、なんだか情けない気持ちになっていた。
自分の意見はあるっちゃあるけど、どうも周りに言ったことで周りが変わるのがあんまり好きじゃなかった。いい方向でも、悪い方向でも。
主人公じゃない。僕は。その辺に歩いているやつ。主人公の友人。そう実感するほど、帰り道の足取りは重くなるのだった。

「おお、透。」
「じいちゃんただいま」
「おかえり、思ったより早かったな」
「まあね」
「なんか元気ないな」
じいちゃんにはすぐにバレてしまう。俺そんなに顔にでてるかな?
じいちゃんはこの街で雑貨屋、というかもうなんでも売ってる、ものでごったがえした珍しいショップを1階で経営していた。
「なんかあったのか?翔太と一緒だったんだろ?喧嘩か?勝ったか?」
「そんなんじゃないよ、翔ちゃんとは喧嘩してないし」
「そうか、じゃあなんでこんな早いんだ」
「翔ちゃん捨て犬持ち帰ったんだ、3日くらい誰も拾わなくてさ。餌もパンしかあげてなくてかわいそうだったし。明日から雨の予報出てたし。」
「おお、この時代に捨て犬か、珍しいな」
「ほら、俺の家はペットダメって言われてるし仕方ないじゃん、飼えなくても」
「まぁそりゃそうだけど」
「でもさ、俺はなにもしなかったんだよなぁって」
「なにもしてない?3日、通ったんだろ犬のとこに」
「通っただけで、なにも」
「通ったじゃないか」
「…そうだけどなんにも変わんないよ」
「透。なにも目立つことできるだけがすごい人間なんじゃないよ。その犬は透を待ってたかもしれないだろ?変わった発想とかさ、目立つ服とか、奇抜な人生とか。発言力とか。テレビに出るスターがすごいわけじゃない。そりゃあすごいって思うこともあるけどさ。」
「…」
「でももう透の人生は透だけのものなんだよ。今感じてる気持ちも、透だけのもの。もうそれだけで特別なんだ。透の人生なんだ。翔太はその気持ちを感じていない。知ってたとしても、それは知っただけ、もう透だけのもので、特別なんだ。感性っていうのは自分でしか作れないんだよ。」
「…なに言ってるかあんまりわかんない」
「そうかそうか。」
じいちゃんはいつものように大きな声で笑った。
「透。俺はこの人生でお前に会えて嬉しかったよ」
「…僕もじいちゃんと喋れるの嬉しい」
「そういうことだ。俺の人生は俺だけの特別なもんなんだ。ばあさんにも会えたし、もちろん子供にも。友達にも。人から見えない物語をさ、自分だけが知ってるんだ」
「俺だけの物語?」
「そう、まぁまだガキだしわからないだろけどな」
「ガキ扱いするな!もう十才だし」
「ははは、そうだな。」
なんだかわからないけれど、夕暮れが雑貨屋のホコリを照らしてすごく綺麗だなと思った。

布団に入ったとき、今日あったことを思い返して呟いた。
「俺だけの、人生」
十年生きてるだけでこんなに感じることがあるのに、じいちゃんはこれを七十年くらいしてるんだ。
部屋からでも雨の音が聞こえる。明日翔ちゃんから話を聞くのが楽しみになっていた。
俺だけの物語がどんどん作られていく。



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