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読書紹介48「元彼の遺言状」

あらすじ

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」。元彼の森川栄治が遺した奇妙な遺言状に導かれ、弁護士の剣持麗子は「犯人選考会」に代理人として参加することになった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を勝ち取るべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する。ところが、件の遺言状が保管されていた金庫が盗まれ、さらには栄治の顧問弁護士が何者かによって殺害され・・・・。

感想

昨年、綾瀬はるかさん主演でドラマ化もされた話です。

作者の新川帆立さんは、現役の弁護士(現在は、小説執筆に専念すべく、弁護士は休業中)です。
本を書くことについては、16歳の時に読んだ夏目漱石の「吾輩は猫である」にインスパイアされ、自分も小説を書きたいと思ったのが始まりだったそうです。
ただ、小説家として生活していくにはまだまだと考え、経済的な自立を目指して、弁護士資格を取得、実際に弁護士として大手法律事務所で勤務。今作が「このミステリーがすごい」で大賞受賞したのを機に、小説執筆に専念中だそうです。
すでに、弁護士を主人公にした「倒産続きの彼女」(今作の主人公、剣持麗子の後輩弁護士にあたる)も書き上げています。

実際に弁護士として活躍した経験から、話の随所に法律用語や裁判にまつわる話、弁護士ならではの言葉が語られています。
普段、刑事やミステリーに関するテレビドラマや映画でしか、なじみがない裁判に対して、いくつも新しい知識が増え、勉強になりました。
例えば次のような、言葉や内容が出てきました。

<法律・弁護士などの関して>
・いたずら電話、いたずらで自首すると、偽計業務妨害罪にあたります。
・死亡診断書って、三親等以内の親戚しか発行してもらえない。
・法律解釈は、理屈で簡単に答えが出るものばかりではなく、何時間議論しても答えが出ないことはままある。
・裁判官も迷うことがある。そんな時に有効なのが学者の意見書である。大御所学者であれば、その学者の書いた教科書で学生時代に勉強をしたというような裁判官も多い。あの教科書の先生がこちらを正しいと言っているのだから~と、裁判官の判断を誘導するために、意見書が絶好の材料となる。
・意見書を書いてもらうためには相当なお金を積む必要がある。薄給の学者の副収入として、意見書ビジネスは根強く存在しているわけだ。
・警察官が犯罪者を捕まえるために必死なのと、弁護士が依頼人を守るために必死なのは、何も違わない。
・法医人材が全く足りていないから、日本の死体の中で解剖されるのは1%未満なんですよ。
・私自身は金勘定にうるさい性格のせいで、道徳的に正しい感じの人たちに対して、引け目を感じていた。善良な人は私の事を見下しているのではないだろうかと不安であった。しかし、法律は、そんな私も、善良で品行方正な人たちと同じ人間であって、同じだけの権利があるんだと教えてくれた。それが私にとっては救いだったのだ。だから私も、どのような人間も等しく持っているその権利を実現する仕事がしたいと思ったのだ。
・私は未だ基礎もされていない被疑者よ。日本には、無罪推定の原則というのがあって、有罪判決が出ていない限り、私の事は無罪だと思ってちょうだい。

話の内容としては、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」や「犯人を仕立て上げる」など、いきなり、つかみの部分から、驚き!!
そして、いったいどうなっていくんだとワクワクしながら読み進めました。

途中からは、ミステリー作品の王道である「犯人あて」「なぞ解き」にうつっていきましたが、「犯人を仕立て上げる」段階で、事件に関係する登場人物と交流があり、それぞれの人間関係が明かされもして、なぞ解きに関する情報が提示されているので、伏線やヒントが盛り込まれている形となり、推理をするのには十分でした。

作者の新川さんは、学生時代に麻雀に熱中し、プロテストも受けたそうです。その理由は、麻雀をしていると周囲の男性から舐められ、失礼な態度をとられることが多かったため、本気度を示したかったからだとか。
そんな新川さんの経験や性格を反映?したような主人公「剣持麗子」は、魅力的なキャラクターです。
剣持麗子が語る男女観や恋を含めた男女に関係する言葉にもエッジが効いたものが多数ありました。例えば・・・。

<男女に関する言葉>
・私の持っているものや能力ばかり褒められて、私の中に美徳や善良さを見出してくれる人に出会ったことがなかった。
・まったく、男の人ってどうして、自分の過去のアレコレを大げさに膨らませて、いかに自分が葛藤を抱えたのかとか、傷を負ったとか、そんな話を吹聴するのだろう。
・男にプライドを傷つけると、末代までたたられますよ。
・生き別れた父親の社会的な地位など、子供のほうはあまりきにしないのではないかと思うものの、父親のほうはそれが気になるらしい。これも男のプライドというわけか。
・「怒らないから、正直に言って」と言って、本当に怒らなかった女を私は見たことがない。
・彼女の頼りなさが男をひきつけるのだろう。
・学生時代にもてなかった奴に限って、社会人になり、肩書きや地位ができて女に相手にされるようになった途端、遊びだすというのは本当らしい。
・男と言うのは自分の過去のアレコレを女に語って聞かせたい生き物なのだ。

新川さんは途中から企業所属の弁護士として働いた経験もあるそうで、会社やそこで働く人からなど、人間観察で得られた人のありようや言動の意味などもさりげなく、作品の中に披露していました。

<人間に関する言葉>
・何が何でも欲しいものは欲しい。それが人間ってもんでしょ。
・育ちの良い人特有の心の美しさ
・私は普通の人間と違うかもしれないし、だからこそ普通の人間にはできない仕事ができる。
・エグゼクティブに限って、目下の者の時間を奪うことに遠慮がなかったりするものだ。
・マルセル・モース「贈与論」
 ポトラッチ~競争的贈与
 与えた人は、与えられた人を「支配」できる。
 返し切れないような大きな恩を相手にかぶせて、それに対する罪悪感や後ろめたさで、相手を精神的にむしばむところに、ポトラッチの本質がある。
・企業相手の弁護士であれば、糊の利いたシャツで、もっと身体にフィットしたスーツを着込んでいる。
・きびきびした動きや、全身から放たれるエネルギーの大きさを考えると、相当な野心家であることはうかがい知れた。
・睡眠とはいいもので、前の日についた悪霊が全て抜け落ちてしまう気がする。
・遺体に対して、エンゼルケアと綺麗な言葉で片づけてしまうけど、実際には胃の内容物や排せつ物を取り出したり、肛門に脱脂綿を詰めたり、相当えげつないことをするはずだ。
・不器用で、口下手ゆえに、何を考えているか分からないミステリアスな雰囲気が生まれている。
・金を出した奴が口を出すのがビジネスの掟だ。
・お金がないけど幸せな暮らしなんて負け惜しみだ。
 お金はあったほうがいいに決まっている。
 なんでみんな嘘をつくのだろう。
・自分が本当に欲しいものが何なのか分からないから、いたずらにお金を集めてしまう。
・犬は人間の不安な気持ちを察して寄り添う。

物語を楽しみつつ、法律や会社、人間関係の機微など、様々なことを学べる一粒で二度おいしい作品だと感じました。

皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです。

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