終末少女

 アイちゃんは、瓦礫と残骸の原っぱを走っていた。上下赤いジャージで、ボロボロのスニーカー、汚れたピンクのリュックサックは、灰色の世界で異彩を放っていた。
 かつて東京だった街は徹底的に破壊しつくされ、僅かな面影を残すのみだった。山手線の内側を完全に覆うほどの『アレ』は、巨大な墓標のようだ。
 何にせよ。アイちゃんはま9歳。お腹が空いていた。しかし、行動範囲内のスーパーやコンビニ、倉庫はほとんど食い尽くしてしまったので、仕方なく、道端のたんぽぽを摘まむことにした。
「にがい、、、」
 背に腹は代えられないので、いくらか摘んで、リュックサックに詰め込んだ。雨粒だ。追い立てるような雨がアイちゃんを襲う。夜の闇が迫るなか、ひたすら歩き続け、寝床に到着した。
 それは、巨大な『アレ』から射出された、脱出用ポッドだった。直径3メートルほどの円筒型で、ダークグレーの色味をしている。
 アイちゃんの手のひらが触れると、壁が消えて、中へ入っていった。直後に、出入り口が塞がれるかたちで元に戻った。
 中にあるのは見慣れない球体のデバイスと、簡易マットレス。
 そして、真っ黒な色をした肌と、イソギンチャクをひっくり返したような足と、無数の触手、ぎょろりとした一つ目の地球外生命体がいた。
「やぁアイちゃん。食料はあったかい?」
「全然ないよ。たんぽぽだけ。苦くて美味しくないの」
「母船の残骸を利用して、もうすぐ食糧工場が完成するから、それまでの我慢だよ。生き残った仲間たちも協力的で良かった。もとはと言えば、我々の責任だからね」
「責任? クロちゃんは悪者なの?」
 クロちゃんは、アイちゃんの頭を無数の触手で優しく撫でる。
「悪者と言えば、そうなるね。事故とはいえ、我々の船団が地球各地に墜落した結果、人類の99.99%が死亡してしまった。これは、衝撃が原因というより、我々の持っていたウィルスが原因なんだが」
「そうなんだ。これからどうなるの?」
「仲間たちが生き残った人類の遺伝子を解析している。母星にも応援を求めているから、3年後には復興するだろう」
 アイちゃんは、しばらく考えてから言った。
「パパとママは生き返る?」
「それは出来ない。復興といってもそれは人類の遺伝子データを基にした、クローンの集団だからね。アイちゃんを解析して、両親を造りだしたとしても、それは遺伝子が完全に一致した別の人間さ」
「そうなんだ」
 アイちゃんは簡易マットレスに横たわった。
「ごめんね、アイちゃん」
「クロちゃん。なんで私を助けてくれたの?」
「子供を保護するのは当たり前のことだよ。人類を壊滅させてしまったのが事故とはいえ、責任はあるからね。我々は侵略者ではない」
 
 翌朝。
 アイちゃんの姿はかつての自宅にあった。アレの墜落の衝撃波で倒壊し、残骸は吹き飛ばされていた。唯一残っていたのは、アイちゃんが産まれた日に植えられた柿の木だった。
 実がひとつだけ残っていた。他は鳥獣に食い荒らされたり、自然に落下して腐っていた。
 そのひとつをもぎ取って、振り返ると、クロちゃんが見守っていた。
「すこし貸してくれないかな」
 クロちゃんは受け取ると、携帯していたデバイスで解析し、返した。
「これで、この植物も量産できますね」
 アイちゃんは柿を一口齧ると、クロちゃんの触手のうち一本を握りしめて歩きだした。
 崩壊した街を朝もやが覆い、湿気た風が、アイちゃんの頬を掠める。それまで押し込んでいた感情が、頬を伝って流れた。
「何を泣いているのか。私に出来ることはあるか?」
「大丈夫、、」
 空を見上げると、アレよりも巨大な宇宙船が姿を現していた。それは救世主というより、この惑星の、新たな支配者の降臨のようだった。
「クロちゃんのなかま?」
「そうだよ。みんなアイちゃんの、人類の味方だよ。この途方もない破壊は、あくまで単なる事故なんだよ、無数の偶然が重なっただけの―――」
 

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