【映像シナリオ・1シークエンス】ママの卒業式

【登場人物】
佐伯陽子(56)主婦
佐伯薫(27)陽子の娘
エドワード黒岩(34)薫の結婚相手
森美由紀(57)陽子が通う稽古ごと仲間
杉原歩(30)陽子が通う稽古ごと仲間
土本妙子(74)陽子が通う稽古ごと仲間
親族A男(72)
親族B介(68)
親族C子(65)
式場女性スタッフ(24)

①横浜港・全景
霙《みぞれ》が降る中、大型船が行き交っている。
 
②横浜光洋館・パーティースペース
大正時代の洋館を改築した建物の居間。光洋館スタッフにテーブルに置く花々を指示している黒留袖姿の佐伯陽子(56)、忙しそうに動き回っている。陽子、ガラス戸に近付き、足を止め外を見る。ハウスウェディング横浜光洋館の看板がある庭園に霙《みぞれ》が降っている。

陽子「一生に一度の晴れ舞台なのに、こんな時期に式を挙げるなんて。だから言ったこっちゃないのよ」
 
③佐伯家・LDK
掃除が行き届き、整理整頓された室内。テーブルの上でノートパソコンを拡げフラワーアレンジメントのサイトを見ている陽子。
T・九ヶ月前
メッセンジャー着信の音で画面を切り替える陽子。パソコン画面に映る佐伯薫(27)、

画面の薫「良かった、まだいて。無理に仕事切り上げてきたのに留守だったら嫌だもん」
 
④ロサンジェルス・実景(夜)

陽子の声「何、どうしたの?」
 
⑤薫のアパート・居間(夜)
ソファの上に靴のまま足を投げ出し、手にしたタブレット端末に向う薫。

「エドがね、ほら前に話したでしょ。いま付き合ってる日系人のエドワード黒岩さん。彼、希望が通って今度東京に派遣されるの」
陽子の声「あなたも来るの?」
「もうー、ママ、黙って聞いて。こっちからしゃべりたいの」
   
薫、画面から目を外し、手招きをする。エドワード黒岩(34)、薫の横に座り、画面に向って手を振る。

エドワード「(英語訛りの日本語で。以下彼のセリフ同様)初めまして、母上(ははうえ)様」
「(笑)この人アニメで日本語勉強してるから、ちょっと変だけど許してね、ママ」

エドワード顔を赤らめ、両手をひざに乗せて、真面目な顔になり、

エドワード「お嬢さんを私にください。I mean……私、薫さんと結婚したいね」
   
画面の陽子、呆気にとられている。
   
⑥フラワーアレンジメント教室・中
室内、4つのテーブルの片隅のテーブルでレッスン中の陽子、森美由紀(57)、土本妙子(74)、杉原歩(30)。陽子、花を吟味しながら隣に座る美由紀に、

陽子「娘が結婚することになったの」
美由紀「ロサンジェルスに住んでる?」
陽子「突然なのよ。高校の時からあっちでしょ。4、5年働いたらこっちに戻ってきてくれると思って、お見合いの段取りとか色々やりはじめようと思ってた矢先に」
美由紀「うちの息子も候補だった? てなわけないか。あー、早く出てって欲しいわ」

陽子の向かいに座る歩が口を挟む。

「嬉しくないんですか?」
陽子「だって式は挙げないなんて言うから、画面越しに大喧嘩よ」
美由紀「あ、あれね、ほら、いまの若い子の」
「無し婚?」
美由紀「そう、それよ。地味婚っていうのもあったけど、究極、式なんていらないって。昔ほど親戚付き合いや会社での上下関係に煩わされる事もないし、いいんじゃない。親の出費も減るしさー、ねえ、妙子さん?」
妙子「式はやらなくちゃ、ケジメなんだから」
陽子「(微笑んで)ですよねー」
美由紀「団塊の世代にしては意外な発言」
妙子「何でもかんでも既存のものに反対してきた世代だから言えるのよ。儀式の中身は時代によって変えるべきだとは思うけど、式自体は失くしちゃだめ」
「そんなに難しく考えなくてもー、パーティーするだけでも楽しければいいんじゃ」

歩の言葉を遮るように陽子、

陽子「式挙げないっていうのは何とか説得したの。私は親として最大のことをしてあげたいのよ。自分がしてもらったみたいに」
美由紀「あー、陽子さんも80年代のド派手な結婚式経験者ね。ゴンドラ乗ったりした?」
陽子「もちろん!」
「ゴンドラ?」
美由紀「スモッグの中、天井から吊られた巨大ブランコに乗ってライトを浴びるのよ」
陽子「お色直しも3回、4回は当り前。招待客も300人越えてたわ。子どもの頃に夢中になったお姫様の世界よ、忘れられないわ」
美由紀「(笑)やだ、陽子さん、それ本気?」
陽子「あら、森さん違うの?」
美由紀「疲れるばっかりで、席次や引き出物のことで後から親戚に文句言われるし、旦那は使えないし。私はいまなら無し婚派ね」
   
大胆に花を切る美由紀を見る陽子。

⑦佐伯家・寝室(夜)
ダブルベッドに一人で寝ている陽子。携帯電話のベルが鳴る。サイドライ
トをつける陽子、脇の時計は1時すぎ。

陽子「(眠たげに)何、薫、こんな時間に」
薫の声「出勤前にメールチェックしたらママからのがあってさー」
陽子「あー、あれね。時間ある時に見て早めに返事ちょうだい。式場の資料集めって手間だけど薫のためだし、結構楽しんでるわ」
   
陽子、ベッド脇の結婚写真に目を止め、

陽子「ママ達は神前式だったけど、教会もよさそうね。パパに電話したら、お金は気にしないでママの好きなようにしたらいいって」
薫の声「(遮って)どこのプリンセスの結婚式よ! 式挙げることは同意したけど、やるなら見栄のない心のこもったものにしたい」
陽子「薫、何怒ってるのよ?」
薫の声「先走って色々決めないでよね。ウェディングドレスもエドのおばあちゃんのを着ることに決めてるから。じゃ!」

電話が切れる。

陽子「一生に一回なのよ。豪華な式場で綺麗な花嫁姿見たいじゃない。何がおばあちゃんのドレスよ」

ため息をつき、ベッドから出る陽子。
 
⑧同・LDK(夜)
ハーブティを飲みながらアルバムを開く陽子。横には式場雑誌が山積み。
幼い頃の薫の写真を愛しそうに見つめる陽子、ページをめくる手が止まる。
子どもの文字で「ママ、おいしいごはんいつもありがと。だいすき。かおる」。
 
⑨横浜光洋館・新婦控室
T・結婚式当日
ヘアメイク中の薫、鏡の陽子を見る。

陽子「止みそうにないわね、今日は」
「エドの家族は喜んでるよ、雪見るの初めてだから」
陽子「雪ならいいわよ。何もかも真っ白になって静寂の中の結婚式も悪くないわ。でも薫、外は霙よ、霙。着物の人も多いのに」
「ママ! Be happy! It's my wedding, yon know? 何でそうネガティヴなの?」
陽子「薫、お願いだから英語混じりで話すのやめてくれない?」
「O.K。あ、わかったからイライラしないで。ママの好みの式じゃないかもしれないけど、私も半分は折れたんだから。着物も着るし、招待客に私の関係ない人たちも入れたし、フェアでしょ?」
陽子「関係ない人たちって何て失礼なことを」
   
ドアノック後、式場の女性スタッフ(24)が、

スタッフ「ご親族の方がご到着されました」

と声をかける。陽子慌てて部屋を出る。
  
⑩同・パーティースペース
和装の薫とエドワード、拍手に送られ 退場。佐伯家親族のテーブルの親族達、

親族A男「(青森弁で。以下親族同訛り)人前式っての、えらくあっさりしてんな」
親族C子「三三九度の盃くらいしたらいいのに。せっかく色打掛着てるんだから」
親族B介「あっち方がほら、顔は一緒だけど中身はアメリカ人だから、しょうがねえの」
 
⑪同・新婦控室
少し黄ばんで質素な、しかし襟元や袖口のレースに品のある白いワンピース  
を着た薫、鏡を見てチェックしている。陽子が入ってきて、薫の姿を見る。

「(きつい口調で)ママ、嫌味はなしよ」
   
首を横に振る陽子、ブーケを差し出す。

陽子「テーブルのは先生に頼んだものだけど、これはママが作ったの。そのドレスに似合うといいけど」

薫、訝しげに陽子を見る。

陽子「あ、嫌味じゃないわよ。さっきエドのお母さんにドレスにまつわる話聞いたわ。おばあさん、戦争中、強制収容所で苦労されたんですってね」

薫、穏やかな表情になり、ブーケを取り、鼻を近付ける。

陽子「良く出来てるでしょ、それ造花よ。ドレスと同じように、薫の娘か息子のお嫁さんにも使ってもらえたら嬉しいわ。今朝明け方までかかったけど間に合って良かった」
「ママ……」

流れ落ちそうになる薫の涙を手で拭う陽子。ドアノックがして、

エドワードの声「Hey, Are you ready?」
「(晴れやかな声で)イェース!」
   
部屋を出る薫の後ろ姿を優しく見つめる陽子の涙腺が緩む。

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