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イタリア男子に500円で1時間買われた話 inスウェーデン

私の1時間は彼にとって38Kr(約500円)らしい。試験後、ちょっと開放的な気分になって、私は1時間38Krでイタリア人男子に買われた。いや、さすがにこの書き方は悪意がありすぎるか。大丈夫。全くもって卑猥な話ではない。ただ、私をカフェに誘うということはすなわち note のネタにされるということだ、というのは知っておくべきだろう。

とかなんとか。いや、彼は素晴らしく良い人なのだ。むしろ最高にご機嫌斜めだった私を呪って欲しい。この世界は全て偶然とタイミングで出来ている。あながち間違った話ではない。

今日、私は最高に寝不足だった。しかもお天気は雨。こんなに頭が回っていなくて試験は大丈夫だろうかとか、そんな不安を感じる余裕すらない。15時ー16時の試験、それが終わったらさっさと寮に戻って、ご飯を食べて寝てしまおう。そのはずだった。

遡ること数時間前、私は試験ホールで入室の列に並びつつ、遠目に彼を発見する。やはり持っている。赤と紺のド派手な傘。お決まりの紫の服に、右サイドが刈り上げで左側は伸ばしている大変ファッショナブルな髪型で、名をば大天使ガブリエルから取りまして、ゲイブとなむいひける。イタリア人の彼。同じ授業を取っている3人しかいない留学生の内の一人だ。留学生同士には何となく連帯意識というものがあって、顔を合わせれば挨拶をする。「おはよう、元気?」とそんな感じで。そしてぼちぼち世間話をしつつ時間を潰すのである。

「勉強した?」
「まあね」
「今回ヤバくない?」
「いやー僕的には前回の方が難しかったよ」
「あそう」

沈黙。
あーあ、早く帰りてぇ。そんな心の声が胸の内に留まらず、口から飛び出そうだ。

「ねぇ、このあと予定あるの?」
「いや、ない」――あるよ。寝るっていう大事な予定があるよ。
「じゃあ一緒に下のカフェでコーヒーでもどう? ちょっとお喋りしようよ」
「え……。まぁ、おけ」

睡眠は大事だ。このときほどそれを強く思ったことはない。人は疲れれば疲れるほど、休養からは遠のいていくのだと知った方が良い。なぜなら、目標達成までの障害を乗り越える力さえ残っていないからである。

なぜ「良いよ」と言ったのか。「いやぁ、ちょっと疲れてるから」と言わなかったのか。端的に、頭が回っていなかったのである。

「じゃあ、試験が終わったらホールで会おうね」

彼はそう言って期末試験というバトルフィールドに乗り出していった。死亡フラグ……ではないだろう。


1時間後。

試験がどうだったかとかもう知らん。取り敢えず帰らせろ。私の頭の中は、帰りてぇの一色だった。僅かに残った余白は、鮮やかなパープルを前に、今からコーヒーなんか飲んだら、究極に眠いときにカフェインを流し込んで身体の調律を狂わすあの感覚を免れないよ、と恐れおののいている。

「よくコーヒー飲むの?」
「そりゃだってイタリア人だからね」
「あそう」

知ってる。今日の私はメチャクチャ感じの悪い女だ。だって不機嫌なんだもの。一方の彼は試験が終わって晴れやかな気持ちなのか、いつもの倍のスピードで話している気がする。

私は適当に相づちを打つ。ごめん、ほとんど聞いてなかった。

図書館の中にあるカフェで、彼は「何にする?」と聞いてくる。あんたにゃ関係ねぇだろうと思いつつ「うーん、カプチーノかねぇ」なんて言ってみると、「僕が出すよ!」とさらっと一言。

は? なんて?

「え? いやー自分で払うよ」

可愛らしい遠慮なんかじゃない。

CV: 湯婆婆。
余計なこと言うんじゃないよ。なんて面倒くさい男なんだい。ここはねぇ、イタリアじゃないんだ。割り勘の国スウェーデンなんだよ!

「気にしないで。僕はイタリア人だよ!? このくらいで破産したりしないから」
「あー。ありがとう」

Let me be an Italian guy!
彼はそう言った。

カプチーノ、スモール一杯、38Kr(約500円)。

そして、無事におごられた私はソファ席に腰掛けてカプチーノを嗜んだ。ごめん、一番安いやつにすれば良かったねって今更思う。留学生はいつだって金欠なのだ。

目の前にしてよくよく観察すると、彼はやはり一風変わった人だった。ド派手傘、凄い髪型、輝かんばかりの紫パーカー、カーゴパンツ、ピンクのネイル。

曰く、紫、ピンク、オリーブは彼にとって最高にイケている色らしい。クローゼットにある全てのトップスは紫かピンクで、ボトムスはカーゴパンツしか持っていないとか。「沢山ポケットが付いてて、なんでも入れられるじゃない?」って目を輝かせて言うけれど、あのポケットをリアルに使ってる人は初めて見たよ。彼ってば「ピンクのカーゴパンツさえあれば全身ピンクコーデできるのにね。ピンクのスニーカーは持ってるんだよ」だって。カーゴパンツっちゅうのはもともとは軍用だぜ?

それから1時間、ペラペラペラペラ、ゲイブはよく喋った。彼のキッツいイタリア語訛りも、平常時ならちゃんとわかったんだろうけど、脳死寸前の私には最早聞き取り不能。もともと愛想笑いはあんまりしないが、いつにも増して能面だった自覚はある。「ごめんね、ダラダラ話が長くて」と言わせるくらいには。

あのね。彼は良い人なんだよ。本当に。
多分頭良いし。
ジョークの質も良いし。
料理が好きで、イチからピザやらなにやら作って振る舞うし。
超きれい好きだし。
気さくだし。
マザコンじゃないし!

そう、私の部屋の正面に住んでいるイタリアの姉御は言っていた。
「イタリアの男は40過ぎてやっとまともになるんだよ。それより下は永遠にガキだから。口では可愛がってくれるけど、食事、掃除、洗濯、全部彼女の仕事だからね。なのにそこまでやっても一番は永遠に愛しのマンマだからね。やってらんないよ」と。

一方のゲイブはスウェーデンに住みたいらしい。「こっちの方が性に合ってるんだよね」って。

「でもさ、双子の弟がイタリアにいるんだ。顔は瓜二つだけど性格は真逆なんだよ。それでやっぱり彼がいないとなんだか物足りないよ。弟と二人一緒だったら移住できるかも! お母さんには悪いけどさ。まぁ、僕のお母さんは強い女性だからきっと大丈夫!」

あぁ。ブラコンでしたか。

まあとにかく、控えめに言ってもクソみたいな女だった私に「コーヒー付き合ってくれてありがとう」言うて笑顔で帰って行くくらいには彼は良い人だ。


てことで。今日は本当にごめんよ。最高にご機嫌斜めだった私を呪って欲しい。この世界は全て偶然とタイミングで出来ている。あながち間違った話ではない。

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