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140字からはじめて

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火樹銀花(Twitter)にて定期更新中、メンバーから送られる140字小説を葉山葵々が10倍にしてお返しするシリーズ。甘い?切ない?怖い?不思議な物語の詰め合わせ!
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記事一覧

君の花園|掌編小説

140字からはじめて― 甘く、瑞々しい。新しい生命の欠片が、一つ二つと漂ってきて、私に微笑みかけ挨拶をするような、優しく暖かな香り。ここでは少し、時の進みが遅い。私にそんな風に感じさせるのは、そっと私を包み込む花園の香り。 傍らにステッキを置き、石作の水辺にゆっくりと腰を下ろすと、草花の揺らめく音がいっそう軽やかに聞こえる。水路の水はサラサラと流れ、きっと私の訪れを歓迎してくれている。 風が吹き抜けると、私のスカートが少し膨らんで、色とりどりの花弁が宙を舞った。その隙間

C嘆譚|掌編小説

140字からはじめて― セーフ。 勢いそのままに自分のテリトリーに滑り込む。床に並べていた作りかけの作品を蹴散らすのも構わず止まるところまでスピードに任せる。ドテッと身体がひっくり返ったところでやっと停止したあたしはチラリと後ろを振り返る。細く光が差し込んでいるだけで奴らの気配はしない。 あたしは速くなった呼吸を宥めながら、素早く身体を起こすと、テーブルの上に今日の収穫物を広げた。どれも良い感じだ。一つ一つじっくり眺めていると命からがら逃げてきたことが可笑しく思えてくる。

天使の君へ 愛の翼に|掌編小説

140字からはじめて― 朝、目を開くとき。私の隣には寝ぼけ眼の貴方がいて、 「おはよう」と、貴方は私の朝を祝福します。 夜、目を閉じるとき。私の隣にはとろんと目尻を下げる貴方がいて、 「おやすみ」と、貴方は私の夜を祝福します。 貴方に身を寄せると、甘くて切ない香りがします。どこか遠くの、私の知らない花の香り。 貴方に抱かれているとき、貴方の体温に包まれた私は、他の誰よりも幸せになれます。 歌うようなその声で、貴方が囁く愛の言葉は、私の心をくすぐります。揺さぶります。

大人になるため母を殺した | 掌編小説

140字からはじめて― 「もっと早くやれば良かったよ、こんなに、何て言うか、スカッとするならさ」 「だろ?俺って強くなったんだなぁって実感するっていうか、大人になったっていう喜びがさ、じわじわと湧き上がってくるんだよな」 「そうそう。やめてくれって血だらけのみっともない手ぇ伸ばすからさ、僕の方が強いんだぜって、もうなんか、自分が誇らしくて仕方がないの!」 興奮冷めやらぬといった調子で、光吉は唾を飛ばしながらチョコレートケーキにフォークを突き刺す。獣のようにむさぼり

嘘 | 掌編小説

140字からはじめて― あまり人の通らない暗がりの廊下では空調の音が一際大きい。それは、耳を塞ぐと聞こえる低くて鈍い音、生命の躍動であり僕らが生きている証、そんな音に似ている。 あれが血液の流れる音ではなくて、筋肉の活動する音なんだと、そう教えられたあの日はそれほど前のことではない。 でも、男の汗の匂いと、片方だけの靴下と、干したままで誰も片付けないパンツと、食べかけで放置されているなんか気持ち悪い色の粥と、 そんなことをむさ苦しいと思わなくなるくらいには前のことだ。