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今からでも入れる保険があるんですか!? 第二話

 魔王が治める国、魔国の中にも人間が暮らす村がある。魔力を持たず、飛び抜けた力も持たず、村の外は枯れた地。そんなところで村人たちが何を生業としているかというと……。
「ワーオ皆様! ご覧ください! なんとなんと! 勇者御一行に名を連ねる、戦士様の登場です! さぁ力自慢の魔族の方! どうぞ、対戦券のお買い求めを!!」
 コロシアムを設営し、不夜城を形成するに至る。
 勇者一行の賢者こと俺は、賭け事で軽くなった財布を片手にコロシアムの隅で酒を飲んでいる。体にピッタリと黒い服を身に纏い、スラリとした足には扇情的な網タイツを履いた女を肴にすれば、酒も美味くなるというものだ。なぜか頭にうさぎの耳がついているのも趣深い。
 すっかり生臭坊主となった俺の隣では、勇者のエリアスがビギナーズラックで手に入れた大金を銀行に預け、誇らしげな顔をしている。
「お前も戦ってくるか?」
「ゾフィアが魔族のグループに負けたら出ていくことになってるんだ。マーティンはどうする?」
「まぁお前も負けたら行くよ。レナは?」
「あそこで景品の魔導書狙ってる」
 魔族を投げ飛ばして高笑いするゾフィアを尻目に振り返ると、レナが両脇に大量のコインを積みながら魔導書を見つめていた。
 店員は大量のコインを数えている。
「あとコイン100枚ですよ〜」
「まだ足りなかったかぁ! あそこでジャックポットが出ればなぁ!!」
「お客様は筋がよろしいですから、きっとあと少しですよ」
 一際胸部に恵まれたこれまたウサギ耳をつけた男は、キラリと白い歯を見せて笑うと、やんわりとレナを追い返した。レナはとぼとぼとスロット台の前に座ると、また黙々と賭博に打ち込み始めた。
「それって払ったより少なく返ってくるんじゃないの? そもそも返してくれんの?」
「とんでもないことです。この契約書には魔法がかけられていて、こちらの制約は破れません。こちら右下をご覧ください。
 ※元本割れナシ!
 これはお客様の出資金は必ずお返しする、という意味です。10年型、20年型の二種類を今回は特別提供させていただきます」
 俺は極力振り返らないようにした。あの野郎、とうとうこんなところにまで営業に出るようになったのか。忌々しい奴だ。
 どうやら話を聞かされている客の方はかなり悩んでいるようだ。いや、断れよ。そんな都合のいい話があるわけないと気づけ。
 助けてやるべきだろうか。いや、営業をかけられたくない。静かにしておこう。
「金が必ず増えるなんて都合の良い話があるわけがないだろ」
「増えると言っても劇的には増えませんので、そこが世知辛いところですね。ただ、箪笥にしまっておくよりは増えますよ」
 どうせこの辺の賭博の資金として一時貸出して手数料を上乗せするのだろうが、それで利益が出るのだろうか。
 俺が保険屋の話を真剣に聞いている間に、とうとうレナが件の魔導書を手に入れた。
「やったぁ!! 流石禁術を集めた絶版品! お金があるところにあるよねぇ〜」
 魔導書に頬擦りするレナに、その場にいた人間も魔族も惜しみない拍手を送る。一方でコロシアムのステージ上では、魔族を投げ飛ばしているゾフィアに生卵まで投げる始末だ。おそらくこの場にいる者全員が倫理観に欠如しているか、あるいはこの街には全く新しい価値観が生まれているのだろう。
 エリアスはこの相対する二種類の光景に何故か美しい涙まで流している。
「人間と魔物が手を取り合って暮らしているなんて……」
「俺には金をむしる側と金蔓しかいないように見えるけどな」
 保険屋、お前のことも言ってるぞ。
「俺たち、このまま魔王を倒すべきなのかな……? 倒したらどうなるんだろう、ねぇ、サイクロプスさん」
「お前、何に話しかけ……ヒッ」
 エリアスを挟んだ向かいに座っているのは、一つ目でツノのついた大型魔族だ。この間俺はこのタイプの魔族に無事殺されて、手持ちの金を半額持って行かれた。
 飛び退く俺を見たサイクロプスは、その青色がかった太い指で器用につまんで、自分の串焼きを俺に差し出した。
「俺たちは流れの魔族だから気にしねぇよ。国に世話になった覚えはねぇ。ま、ここは街長が魔族だけどながはは!」
「降伏勧告出したら聞くかな?」
 エリアスの問いにサイクロプスが豪快に笑い、コロシアムの正面の席を指差す。金で装飾された席は豪勢だ。そこに木の幹ほどいかつい腕をした悪魔が座り込んでいる。
「コロシアムに引き摺り出して戦えよ。殺したほうが勝ちだ。何のために街に教会置いてると思ってんだ」
「少なくとも復活専用施設じゃねぇよ」
 教会は教えを説き、信者を助けるための施設だ。ただ殺し合いをしたドアホを復活させるためではない。もし、ここにいる聖職者が金儲けのためにここに教会を置いているのだとしたら、すぐさま撤収させるしかないだろう。
「勝者はゾフィア!! 素晴らしい、圧倒的です! さぁ次で優勝が確定しますが、ご気分はいかがですか?」
「腹減ったから飯行くわ」
「なるほど、それでは準備が整われましたらお声掛けください。なお、次は勇者御一行皆様のご参加を推奨いたします!」
「アタシ一人で十分だ」
 騎士道精神の欠片もない会話を聞かされ、俺とエリアスは立ち上がった。ここの賞金は100万イェンだ。装備を買い揃えるのに金が欲しい。
 俺たちが食事屋へ向かおうとしたその時だ。
「えっ、今からでも入れる保険があるんですか!?」
 野太い魔族の声が聞こえてきた。
 まさか、ヤツは俺の後ろで営業をしていたはずだ。信じられず顔を上げると、あの真っ黒な装束を身に纏った男が、コロシアムの金色で飾られた席にいる。
 あまりの恐怖に俺はよろめいた。
 ヤツは街長になにやら話しかけている。どこからどう見ても「人間など一捻りです」と言わんばかりの魔族が身を縮めて腰を何度も折り曲げている姿は少し滑稽だ。
 コロシアムの司会が気を利かせ、街長席の話し声を観客に聞こえるほど大きくした。
「魔王軍に所属していらっしゃると、教会が利用できずお困りでしょう?」
「どうしてそれを!?」
「魔王軍は全員業務委託型であると、昔聞いたことがあるんですよ」
 そうでなくても基本的に魔族は復活させない。何のために俺たちが次々に魔族を倒して回っているのか、保険屋は少し考えたほうが良い。
「残念ながら復活時の財産保証はできかねます。しかし、ご遺族様が銀行から生活費を降ろすためのお手続きの際、お手伝いができます」
「ほ、本当か!? 双子の息子と娘が生まれたばかりなんだ! 嫁に苦労をかけたくない!」
「はい。契約料は五万イェンで銀行の解除まで、その他のお手続きもご希望であれば、最低1万イェンからご提供しておりますよ」
 街長が顔を輝かせているのが離れていても見て取れる。
 銀行が利用できるゾフィアは、今までの賞金を受け取り淡々と入金をしている。
「じゃあ、魔王軍の殉職金受け取りも……お願いしようかな」
「かしこまりました。他にもご要望がございましたら、コロシアム内におりますのでお申し付けください。ご契約書です」
「助かったぁ〜〜!」
 古今東西、親の心は一つだろう。魔族にも魔族側の事情がある。これで俺たちも心置きなく戦える。頭にちらつく双子の赤ちゃんを振り払って、俺は仲間を追った。


 数時間後、俺たちがコロシアムに到着したのを見て、街長が高笑いをした。
「ガハハ、よく来たな人間! 全員この場で息の根を止めてやろう!!」
「あれ見ちゃったから、なんか緊迫感ないな」
「こらマーティン、そんなこと言うなよ」
 高笑いが止まった。
「じゃあ、今から帰ってくれる?」
 すでに弱腰の街長に街中非難轟々だ。
「はぁー!? ふざけんなよ街長! お前にいくら賭けたと思ってんだ!」
「おりてこい! その根性叩き直してやる!」
 やはり倫理観の欠如した街だったようだ。次の街長にはもう少し街をうまく運営してもらおう。


第一話
第三話



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