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1年が経ったことに気づかなかった、ところから。

今日は2019年9月21日。

あれからちょうど1年が経っていた。
(仮想的な意味だけれど)死と再生の日、それによってしか状況を解決できなかった、あの日。

1年前の9月の予定表を見返してみると、何事もなかったかのように、たくさんの仕事の予定が書き込んである。
もちろん。実際には、これらの予定の大部分は遂行されていない。20日に急な休みを取り、21日の出勤を最後に休職に入り、それきり職場には二度と戻らなかった。
仕事だけではなく、病院通いやら、休職に入ったがゆえのあちこちでの友人知人との食事会(という名の事情説明)やら、家庭の予定やら、これでもかと予定が書き込んである。今年の9月と見比べたら密度の差甚だしい。
今も決して暇なわけではないんだが、でもこうして視覚的に比べると、あのころいかにきつかったのか、そして、実際に力尽きて倒れるまでそれに気づかなかった怖ろしさがしみじみ解る。

とにもかくにも、1年の区切りが無事に来た。
1年前の、絶望の中にいた自分に、教えてあげよう。
1年経って、君は元気だよ。
元気に仕事してる。意外なことに、君の環境よりも楽で、お給料もよくて、社会的立場も高いんだ。もちろん嫌なことやきついことは皆無ではないよ。でも、今の君のような、自分を消してしまいたくなるような、明日を迎えたくないと願ってしまうような、そんな絶望はここにはないんだ。

そして、きっと不安だったよね、あの人のこと。
ここで別れたらもう二度と会えないかもしれない。あの時は、間違いなく、互いにそんな思いを抱えてた。そして、私は小さな紙袋を車窓から渡し、あの人は走り去る私の車に別れの敬礼をくれた。
1年後。
私とあの人は、今もともにいる。
私の環境が変わり、あの人の環境も大きく変わり、遠く離れて、以前のように会うことが難しくなっても。
心の中では、近くに。
むしろ、さまざまなしからみや立場に縛られなくなって、自然に想うことができるようになったような気さえする。
変わらない。これからもずっと。今のところ、それが二人のキーワード。

ねえ、1年前の私。
この1年のこと、考えたこと、起こったこと、これから教えてあげよう。少しずつ。
少しだけがんばって、ここまで生きておいで。

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48歳まで平穏に順風満帆の人生を送った。その後にさまざまなものに出会いすぎた。