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目の輝きが蘇ったJリーガーの話

第2話 静かなる覚醒

彼はすでに怪我をしているのでリハビリ組の選手だから、これ以上の怪我の心配がない。これが地方在住のために施術現場に来れなくても、まずはリモートで彼のサポートをスタートする事に決めた理由だった。チューニングスペシャリストが選手と顔を合わせないリモートでの指示でどれだけやれるかで、その選手のコミット度合いが確認できる。そして、そのコミット度合いは何より動きの早さでわかるものだ。

私の信条は、

「とにかく動く」

会社でも、Twitterでも、『覚悟の人體セミナー』でもいつも同じ事を言っている。わかっていてもできないのが人間という生き物だからだ。體より脳が重要視される現代社会ではなおさら頭でっかちで動きが鈍い人が増えている。結局、自ら動かなければ何も変わらないのだから、あれこれ悩まずにまずやってみるのが早い。やってダメなら軌道修正すればまた前に進める。私はベンチャー企業を経営する中で、明日をも知れない舵取りをする機会が多かったので、逡巡して熟慮するよりもとにかく動くという習慣が自然と身に付いている。私たちがサポートする選手は、すでに成功を手にしている選手ではなく明日をも知れずにもがき苦しんでいる選手が多い。だから、サポートする選手がどれだけ能動的に動ける人物かをいつも確認する事にしている。その動きの早さや思考の柔軟さこそがプロジェクトの成功の鍵を握るのは間違いないからだ。

幸いな事に彼はとにかく動きが早かった。翌日には、LUNAサンダルというワラーチを買い、心拍計測時計GARMINを買い、とにかく黙々と走り始めたのだ。自分にできる事をすぐにでもやりたかったのだろう。毎食ごとに食事の画像が送られてくるのだが、これは当初からほぼ問題がなく素晴らしかった。彼の妻が丹精込めて作る手料理の数々を見れば家族が一つになって夫の成功を願っているが伝わってきた。これを続けてくれれば確実に體は改善に向かうと確信できる内容だった。

・主食は玄米でたっぷり食べる
・何かにつけて野菜を増やす
・動物性タンパク質と植物性タンパク質のバランス
・味噌汁は具沢山
・プロテインとサプリメントは必要量をその日の負荷で調整

チャビ

1ヶ月後の11月中旬にもう一度上京してもらい、その時に始めて筋肉チューニングをかける予定だった。それまでに可能な限り筋肉の質を良化させておけば1回のチューニングセッションでもそれなりの効果が実感できるだろうと睨んでいた。だから、公式戦でプレーする事もないリハビリ組にいるのは何よりの好条件だった。

なぜなら、まずやるべき事はただ一つ、黙々と走るのみだからだ(笑)

意外に思われるかもしれないが、サッカー選手の中には走るのが大嫌いな人が多い。これを言うと驚かれるが、何を隠そうこの私自身も走るのが大嫌いだった。部活時代の罰走の記憶が俄に甦る(笑)だから、あまり長い距離を走ったことがない。走ってもせいぜい10km程度までで、これ以上は未知の領域という選手が多いだろう。彼には先のオリエンテーションにおいてランニングの真意、「持久狩猟」について伝えていたので黙々と走る事に躊躇はなかったようだ。もちろん、私が49歳からランニングを始めてからすでに7,000kmを走った事や、ワラーチで野山を駆け巡って「足」が劇的に再生された証拠を目の当たりにしていた事も確信をもたせるには十分だったはずだ。

妻が用意してくれる和食中心の理想的な食事に、プロテイン、高濃度マグネシウム、ビタミンB群、ビタミンC、亜鉛をプラスして体質改善に努めつつ、ただただ走る。芝生の上を裸足で走る。寒さが厳しくなってきたらワラーチで走る。サッカーのスパイクとスニーカーとアスファルトの上の生活で崩れた足と向き合い、ヒトが持つ本来の足、つまり原始人の野生の足を取り戻すためにひたすら走るのだ。そして、彼の現時点での有酸素能力を確認するために毎日ジョギングを60分間実施してもらった。巷のランナーが使うGARMINのデータ分析はプロ顔負けだから、これを毎日オンラインで送信してもらった。アクティビティデータでは心拍変動を含めて、その選手の現在の状況が手に取るようにわかるから、毎日、彼が目の前を走ってるようだった。日々の長時間のジョギングは足の再生以外にもセミケトン体質へエネルギー代謝回路を回帰させるという目的があった。フィル・マフェトン教授が開発した『180の公式』に代表されるマフェトン理論で無尽蔵のスタミナを手に入れる。いわゆるランニングとは中強度走のことだが、持久系のアスリートが高めるべきエアロビックベースを効率的に増加させるには低強度走にあたるジョギングが効果絶大だという事を知らないアスリートは多い。2週間限定で偏った糖質制限を行い糖質の飢餓状態を作る。筋肉に400g、肝臓に100gと言われる體内に貯蔵された糖質を使い切ると、長い間眠っていた本来のエネルギー回路が目を覚ますのだ。無尽蔵のエネルギーの源はズバリ脂質。体重70kg、体脂肪率10%のサッカー選手の體には7kgもの脂肪が蓄えられている。この脂質を糖質よりも優先利用する體こそがセミケトン体質の真骨頂だ。わかりやすく言うとこれは差し詰め、電気の脂質とハイオクガソリンの糖質で動くハイブリッドエンジンを積んだ省エネかつ最高速が出せる未来のF1カーとでも言えようか。そして、ジョギングにはもう一つの大きな狙いがあったのだが、これこそ筋肉トレーニングで不必要に増加した筋肉の鎧を脱ぎ捨てて若かりし頃に発揮していたキレを取り戻すという肉体改造だった。

東京で出会ってから2週間。ひたすら芝生の上を裸足で走っていたら足が徐々に変わってきたようだった。見た目の変化と言うのはどんな言葉より強力だ。動画を観てもらいながらのセルフケアを同時に継続した事により明らかな体質改善の兆しがチームの紅白戦で現れた。これまでゲームでは60分間で脚が痙攣してしまうような選手が、この日は90分間フル出場しチーム内で最高の走行距離にあたる12kmを走ったのだ。彼は走りを売りにするプレースタイルではなく絵に描いたようなテクニシャンだ。だからこそ、この結果には本人も驚いた様子だった。
「ぶっちゃけ、こんな走れるようになると思ってませんでした。信じられません!」
サッカーは走ればいいっていうスポーツではないのは言うまでもないが、怪我がちで60分間しかプレーできない選手の自信回復にはやはり走ってなんぼと言う初心に返るきっかけが欲しかった。まだ、我々が彼の體に手を入れる前に大きな成果が出たかっこうになったが、こうなると選手のモチベーションは上がりすぎるのが心配になるくらい上がっていく(笑)

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*ちなみにこれが4ヶ月後の現在の足(左)と2021年10月の足(右)。血の巡りが良くなると爪が変わる。足全体のぼやっとしか感じもなくなり獣感が出てくる。足裏にはアーチが戻るので動きも当たり前のように機敏になってくる。

オリエンテーションの1ヶ月後の2021年11月18日、この選手が当社の白金台にあるサロンへやってきた。1ヶ月ぶりに会う彼は前より體が少し絞れて精悍になっていた。この日は、若かりしころ本格的にプロサッカー選手を目指していた西尾理学療法士10年の仁木という2人のチューニングスペシャリスト(プロアスリート担当のトップセラピスト)が筋肉チューニングをかけた。通常ならセラピスト1人で120分というセッションが普通なのだが、彼の栄養状態と地方在住であまり手を入れられない事を考慮して2人で180分のセッションに挑んだ。「なぜ栄養状態?」と思った人もいるかもしれない。筋肉チューニングは、これまで眠っていた筋繊維にエネルギーを伝えて再活性化させる手技なので選手の體にも相当な負担がかかる。一般の人が2人のトップセラピストによる180分の筋肉チューニングを受けたら倦怠感と疲労感に襲われてしばらく立ち上がれないかもしれない。彼は180分みっちりチューニングを受けて、さらに動きのチェックを入れる簡単なリアクティベーションも加えた。チューニング終了後の体感は想像を遥かに超えていたらしい(笑)

その日のうちに地元に戻らなければならなかったので小一時間になったが彼と2人のセラピストと共に近所の和食屋で夕食を摂った。この1ヶ月の自分自身の変化を語る目からは静かなる自信が垣間見る事ができた。怪我で満足にプレーできず不本意だったシーズンはそろそろ終わる。来シーズン以降の契約は1年だけ残っているが所属クラブから戦力として見做される保証はない。ただ、そこを不安に思うのではなくやれる事、やるべき事を愚直に続けるしかないという覚悟があった。東京駅に向かう彼を見送った後、私たちには一度でも選手の體を触ればその状態がわかる職業病とでも言うべき特別な感覚があるので、当たり前のように今回のセッションでの新発見と確認作業の話題に移りながら食事をつづけた。タイトなスケジュールにもかかわらず遥々上京してくれた彼に感謝しつつ、このプロジェクトが着実に前進できると確信できた秋の夜風はとても心地良く、来シーズンに向けてサポート体制をどう構築するかの話で大いに盛り上がりながら家路と向かった。
(つづく)


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