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目の輝きが蘇ったJリーガーの話

第4話 開幕スタメン

年明けから一斉に始まる各クラブのシーズン開幕前の全体合宿。長いシーズンを乗り切る體をつくるためにかなりハードに追い込む傾向があるのだが、これがまったくの逆効果なので多くのクラブで筋肉系の怪我で離脱者が続出する。筋肉がロックしたように硬く縮こまる現象を認知していないスポーツ医療現場の弊害がこうしたトレーニング負荷にも影響を及ぼしているのだ。普通に考えれば、怪我で離脱者が続出するようなトレーニング負荷をかければ、ギリギリで生き残ることができた選手でさえも怪我の一歩手前だろう事は容易に想像できる。私たちはこの事を危惧していたので、いつでも彼のサポートのために動けるよう準備していた。

「ちょっとヤバいかもしれません(汗)」

合宿が始まりトレーニングマッチを2試合こなしたころ、彼から緊急の連絡が入った。セルフケアだけでは筋拘縮(筋拘縮については以下の*を参照)の回復が追いつかないのがサッカーという競技の本質だ。他の競技も同じように傷んでしまうが、サッカーは特に足関節(足首)を過剰に酷使し、さらに股関節や膝関節にその負荷が波及するためにこうした傾向が多くの選手で顕在化する。関節を跨ぐ筋肉が硬く縮こまってしまえば、血流の滞りが亢進し老廃物が體に溜まり始める。老廃物によって下肢部が浮腫んでいる選手が多いのもサッカーの特徴かもしれない。

*「筋拘縮」は標準医療の「拘縮」から着想した新概念です。標準医療ではストレイン信号の異常による筋肉のロック現象が見過ごされています。施術の現場では筋肉のロック現象以外にも、"質の栄養失調"や血流障害に起因するATP産生不足によって硬くなった筋肉も存在します。これ以外には過度な筋肉トレーニングによってコラーゲンが強化され筋肉が硬くなり過ぎるケースは筋膜の癒着にも影響があります。筋筋膜性疼痛症候群(MPS)、いわゆる筋痛症の改善研究における日本の第一人者である石川県小松市の加茂整形外科医院の加茂淳院長が提唱する筋肉のスパズム(筋攣縮)のトリガーポイントもこの筋肉の硬さの一つです。私たちのMTR Method™️ではこれら全ての硬く縮こまって機能しない筋肉を再活性させるため、総称として「筋拘縮」と呼んでいます。

私は、躊躇なく当社のチューニングスペシャリストの西尾と望月の2人を彼が滞在するホテルに派遣する事を決めた。たとえそれが2泊3日の短期の強行軍だとしてもトップセラピストが関東の店舗を留守にする3日間の売上減は中小零細企業にとっては痛手だった。しかし、それ以上にここまで必死に這い上がってきた彼が壊れてしまうのを指を咥えて眺めているわけにはいかなった。この派遣では1日2回の筋肉チューニングで蓄積している筋拘縮を解除していく予定だった。多少、筋肉が緩みすぎてバランスを崩しパフォーマンスが低下したとしても、怪我で離脱するよりは全然ましなので優先順位は明らかだった。もはや目的は、

無傷で合宿を生き残る!!

何度も繰り返すが、本当に不思議な事にどこのクラブでもシーズン開幕前に怪我で離脱する選手が多いというデータが揃っているのに休息とケアの重要性が理解されていない。もちろん、その前に栄養なんだが、いずれにせよ生き残るのがテーマの合宿の意味とはこれいかに…

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*派遣先でも合間をぬって體を鍛えるチューニングスペシャリストの西尾。

当社のトップセラピストたちは現役Jリーガーのランニングやリアクティベーションができる実務的なトレーニングトレーナーでもある。私の考えはとてもシンプルで、フィジカルトレーナーとフィジオセラピストが分業している事がトレーニング全体を俯瞰し統括する者の技量低下を生み、それがアスリート界で怪我が減らない原因の一つになっている。フィットネス(フィジカル)についてはトレーナー兼セラピストとしてON/OFF両面でトップレベルの指導力と施術力が必要だろう。当社のチューニングスペシャリストたちにおいては、さらにアスリートたちへ徹底した栄養指導もできる。彼らは、日々施術を鍛錬しその探求者であり、ランニングやリアクティベーションの本格的な実践者であり、分子栄養学の実践を通して健康自主管理の体現者でもある。彼らこそが、私が理想とするアスリートケアマネジャーとしてほぼパーフェクトに近い人財象と自負している。

確信をもっての派遣だったが、思った通りギリギリ間に合った格好になった。現地に到着してすぐにチューニングスペシャリストが彼の體をチェックした時は既に大腿部が壊れる寸前で危ないところだったのだ。トレーニング負荷は下げていても、あの状態ではいつ筋肉系の怪我が起きてもおかしくない状況だった。それから三日間で可能な限り筋肉チューニングをかけて彼の體を回復させた。その後はクラブからもトレーニング強度を下げるよう指示が出たようなので、少し軽めの調整をつづけながらコンディションを上げていき残り10日間をなんとか生き抜く事ができた。合宿の最終日にはJ1屈指の強豪とのテストマッチが組まれていた。合宿の総仕上げとしては最高の環境だったであろうこの試合で、彼はスタメンとして90分間プレーする事ができた。そして、地元に戻り1週間後に開幕1週間前の最後のテストマッチが行われ、ここでも90分間フル出場し戦力としての存在感を十分にアピールする事ができた。サッカーメディアの論調では同じポジションの3番目の選手と思われていた彼がJ1の舞台で開幕スタメンを勝ち取るかもしれないという現実に私自身も久しぶりの高揚感を隠す事ができなかった。

「合宿でチューニングしていただいてから2週間ちょっとで4試合(2試合フル出場90分間)して、だんだん股関節鼠蹊部腸腰筋あたりがロックしてきて血流が悪くなってきてる感じがしてます。セルフで触るのと、針治療、交代浴、ジョグラン、散歩でなるべく血流を促すよう意識してますが…それでも過去で1番コンディションいい状態で開幕迎えれそうな感じです!!」

彼のメッセージからは、当面の目標にしていた開幕スタメンをものにした手応えが感じられた。私たちもやれる事はやった。サポートしている選手自身がこうして自然と自分の體と向き合っていると言う事実こそが我々の成果なのだ。あとは心身の充足度がこれをさらに昇華させてくれる。私はすぐに次のチューニングスケジュールの検討に入った。開幕スタメンを考慮すると、やはりその翌週には筋肉チューニングとリアクティベーションを入れておきたかった。開幕から数試合でチームの主軸となる選手がほぼ決まるので、ここで一氣に主役に躍り出るチャンスを逃す手はない。この時も、急遽、西尾を地方に住む彼の元へ派遣する事に迷いはなかった。

2022年2月19日。
運命の2022年シーズンJ1が開幕した。
スターティングメンバーに彼の名前があった。
10年前ダイヤの原石と言われていた男がやっとスタートラインに立った。
彼にとっては苦しみながらもがき続けた10年だったかもしれない。
しかし、その過去があったからこそ、思う存分に楽しめる今がある。

テレビ画面から見る彼の姿は、たった4ヶ月前、私の目前で伏目がちに視線を落としていたあの時の彼とはまったくの別人だった。もう何年もJ1クラブの主力として君臨している太々しいベテランのそれだった。ゲーム中にズームアップで捉えられた彼の目は、獲物を捉えた獣のような輝きを放っていた。いつもはサポートする選手の怪我を心配しながら観ている私自身が、氣づくといつの間にか彼のプレーの一挙手一投足に視線を奪われていた。純粋にこれからが楽しみな日本人選手の一人に加わったのだ。

アウェイの開幕戦では、戦前はきっとノーマークだったであろう選手の活躍に解説者も徐々に注目したようで、後半は何度もテレビ画面にクローズアップされた。戦っている相手チームは嫌でもキープレーヤーが誰だかわかるので、激しいチャージの洗礼も受けた。筋肉チューニングでしっかり體全体を使えるようになっているのでよほど悪質なチャージでもないかぎりコンタクトプレーでの怪我も減る。血流が促されているので、この打撲も思った以上に治りが早かった。

開幕戦を無難に乗り切った翌週の第2節はいよいよホームでの開幕戦。自軍のサポーターに自分の存在を知らしめなければならない重要なゲーム。スターティングメンバーが長らく自分の居場所だったと言わんばかりに、彼は威風堂々スタジアムに入場してきた。私は、今日は何かしらの結果が出ると確信していた。前半はホームの彼のチームが主導権を取って圧倒した。センスの良さをうかがわせる氣の利いたオフザボールの動きは、相手のマークを簡単に剥がしていく。シンプルなボールタッチで簡単にはたきつつ、適度にためをつくるボールホールディング。相手を見下したような間合いのプレーは本来の彼が戻ってきた何よりの証だった。そして課題だったはずのランニング能力が、もはや彼のストロングポイントになりつつあった。ターンオーバー後の切替えのチェースも素早い。天才肌のプレーヤーが理想的なフィットネスを手に入れつつある姿に、誰とはわからなかったがそこはかとない既視感があった。

前半24分、ホームチームが先制。
左サイドでためをつくった彼が縦へフィードして陣を取り、駆け上がって落としのパスを躊躇なくダイレクトでクロス。ドンピシャでCFのジャンピングボレーの足元へ、絵に描いたような綺麗なゴールシーンだ。ホームゲームデビューの挨拶代わりには十分すぎる鮮烈なアシストだった。

その後も彼は、決定機を演出するパスを送るがなかなか追加点が入らない。前半は圧倒的なボール支配率でも得点差は最少の1-0。こうなるとアウェイチームが俄然攻勢に出てくる。なんとなく嫌な雰囲気が漂うなか味方のミスで失点し1-1の同点。勝たなければならないホーム開幕ゲームに監督は5人の交代枠を全て使い切る采配だ。彼は、最後までピッチに残り攻撃のタクトを振い続ける、まさに10番の選手の風格があった。試合終了のホイッスルと共に画面に映った彼の表情には勝てなかった悔しさが滲み出ていた。

「ゲームでは60分経過すると脚が痙攣してしまうので、60分の男って言われてるんすよ(苦笑)おまけに今年は怪我で4回も離脱しほぼまともにプレーできずボロボロです…」
4ヶ月前の彼との初対面の会話を思い出していた。あの時の男が、今、目の前でJ1の舞台を90分間堂々とプレーし、1アシストを記録した。私との約束通り、元サッカー少年がサッカーを思いっきり楽しみながらピッチを所狭しと駆け回った。結果はドローだったが誰の目にもそう映ったであろう彼が見事にMan of The Matchに選出されたのだった。

本当におめでとう。
楽しそうにプレーしている姿が見れておれも心から嬉しいよ。
お前、意外とサッカーうまいんだな(笑)
あと、強いシュート1本かましてみろよ!

ある日の電話。
まるで2人のサッカー小僧の会話だ。
まだまだ伸びしろたっぷりだから、共にまだ見ぬ世界を見にいこう。
これからも全力でサポートするから存分に挑戦を楽しんでくれ。
そして、オフになったら、みんなでボール蹴ろうぜ!

(完)

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