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不幸を生むカルマを乗り越える力ってなんだろう?

昨日の話の続きです。

幸せを考えるために、あえて逆の視点で、「どうすれば不幸になれるのか?」を書き出してみました。

【不幸になるための10ヶ条】

  1. 自分の心に嘘をつくべし。

  2. 愛とは執着であり求め続けるものである。

  3. 夢を持つから絶望するのだ。夢など見るな。

  4. 自分の欲求を満たすためなら何をしても良い。手段は選ぶな。

  5. 自分以外はみんな敵。

  6. 他者を利用し、奪い取るべし。

  7. 嫌いな相手、自分の敵の不幸を願え。

  8. 自分の不幸も不運もすべて他者や社会に原因がある。

  9. 死んだら何も残らない。今を貪欲に生きろ。

  10. 神(人智を越えた存在)はいない。

わたしが思いついたものをとにかく10個書き出しました。
この記事に対して、note友達のおじぞうさんことスギオカさんが寄せてくださったコメントのおかげで、さらに考えを深め、広げることが出来ました。
(おじぞうさん、ありがとうございます!)
そのコメントのやりとりをシェアしますね。

このやり取りを通して、よく言われているカルマ(業)のことを考えたんです。カルマとは不幸の連鎖なんだな、と。

わたしも両親からは、様々にネガティブな遺産を山ほど受け取りました。ほんとに、たっぷりと(^^;)
これまでの人生の半分以上を、その解消のために費やしてきたと思うほど。今でも時折ひょこっと思わぬところで負の遺産に気づかされることがあります。

でも、そうした家族のカルマがあるとしても、人はきっとそれを乗り越えられます。それが人としての成長なのだし、本当の意味で「大人になる」ことですから。

親、家族、地域、社会、国、時代。どこにもカルマはあります。
なかには、個人の力ではどうすることもできないものもあるかもしれない。
それでも、自分はどう生きるのかを選択する意思まで奪われることは決してないのです。
その選んだ道を実現できない状況だったとしても、「想い」だけは自分のものです。それを自分が手放さない限り。

わたしは諦めの悪いタイプなので、ダメだと言われようと、ムリだと言われようと、やりたいことをやりたいと思う気持ちだけは捨てません。
そうすると不思議なことに、ある時不意に、ダメだったはずのことが可能になるような、そんな状況が訪れたりするんですね。
その時にはすぐさま迷わずに飛びつきます。


機(タイミング)と言うものは確かにあります。
それは突然思わぬ形で目の前に現れます。
その時にグズグズしている余裕などありません。
すぐに飛びつく、すぐに手を伸ばして掴む。
でないと、泡のように消えてしまうので。

機が訪れたとき、すぐに反応する。
それが出来るのは、つねにそれを「ほしい」と思う想いがあるからです。


カルマはその人の人生の可能性を制限する働きをします。
その力が大きくてどうにも抗えないとしても、自分の求めるもの、望むものを手放してはダメなんです。それではカルマの思うつぼ。

しぶとく抵抗しましょう。欲しいものは欲しいのだと願うことを、自分に許しましょう。望む未来がいつかきっと実現することを信じましょう。
その想いの力で、カルマの縛りを越えて、本当の自分自身を生きていきましょう。

必要なのは、自分の望みに心を開き、それを信じる、それだけです。

願えば叶う、と自己啓発系の人たちが口を揃えて繰り返していますが、今生ではどうしても叶わない願いだってあるだろうとわたしは思います。
何でもかんでも叶うと能天気に考えてはいません。

でも、そうであるとしても、願わない限り、願いが叶うことは決してないのだということは間違いありませんよね。
だから、願ってなんぼです。欲張って生きていきましょう(^^)

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