JW25 兄の雄叫び
【神武東征編】EP25 兄の雄叫び
孔舎衛坂(くさえのさか)の戦いで、中(なか)つ国(くに)の軍勢に敗北を喫した、狭野尊(さの・のみこと)(以下、サノ)一行は、盾津(たてつ)まで撤退した。
現在の東大阪市にある日下(くさか)周辺のことである。
矢傷を負った、長兄の彦五瀬命(ひこいつせ・のみこと)(以下、イツセ)は重い容体となっていた
サノ「兄上・・・。御気分は如何(いかが)ですか?」
イツセ「まずまず・・・といったところや・・・。そ・・・それより、ここにいては、奴らから丸見えっちゃ。もう少し・・・移動するんや。」
サノ「分かりもうした。」
こうして、サノたちは、長髄彦(ながすねひこ)の追撃から逃れるため、大きな竹やぶに身を潜めた。
サノ「この竹やぶの中であれば、敵に見つかることはなかろう。」
イツセ「こ・・・ここでしばらく・・・よ・・・様子を見ようぞ。」
サノ「ここでしばらく・・・ということは、ここにも伝承が残っているのですな?」
サノのぼやきに対し、小柄な剣根(つるぎね)が返答した。
剣根(つるぎね)「その通りですぞ! その名も竹渕神社(たこちじんじゃ)にござりまする。現在の大阪府(おおさかふ)八尾市(やおし)竹渕(たけふち)にある神社にござる。」
サノ「神社と地名の読み方が違うのか・・・。」
剣根(つるぎね)「御意。作者が、いろいろ調べたそうですが、理由は分からなかったとの由。」
剣根が自慢気に語っていた時、突然、ここにいてはいけない人物の声が轟(とどろ)いた。
長髄彦(ながすねひこ)(以下、スネ)である。
スネ「竹やぶに身ぃ隠しても、バレバレなんやっ。サノォ! 覚悟しぃや!」
サノたちは咄嗟に身を伏せ、息を殺した。
竹やぶの中へと突き進む長髄彦軍。
そのとき、彼らの眼前に大きな池が現れた。
スネ「ん? 深い渕(ふち)があるだけやないか。もしや、渕に飛び込んで隠れてるんやないか? おい! おまえら潜って調べて来いっ!」
兵士い「えっ? 嘘やろ?」
兵士ろ「潜って隠れるやつなんておるんか? ホンマ、勘弁してほしいわ。」
兵士は「せやな。潜水手当、出してもらわな、わてら納得しいひんで!」
スネ「なんや? おまえら、わての命令に従えん、言うんか?」
兵士いろは「いえっ、そんなまさかっ。喜んで!」×3
長髄彦軍の兵士たちは渕の中まで潜って捜索したが、結局、サノたちを見つけることはできなかった。
スネ「神の力でも借りたんか? しゃあない、コソコソ逃げ回る奴、相手にしても、何の誉(ほま)れにもならへんわ・・・。おいっ! おまえらっ、帰るで。」
サノたちは長髄彦軍に見つかることなく、難を逃れたのであった。
剣根(つるぎね)「このような伝承が残っておりまする。ちなみに、江戸時代に書かれた『竹渕郷社縁起(たこちごうしゃえんぎ)』の話にござりまする。」
サノ「とにかく助かった。それで、ここにしばらく滞在したゆえ、神社ができたということか・・・。」
ここで次兄の稲飯命(いない・のみこと)と三兄の三毛入野命(みけいりの・のみこと)(以下、ミケ)が説明を始めた。
稲飯(いなひ)「次に、わしらが辿り着いた場所が、茅渟(ちぬ)の山城水門(やまきのみなと)というところっちゃ。紀元前663年5月8日のことっちゃ。」
ミケ「この地は、山井水門(やまのいのみなと)とも呼ばれてるっちゃ。ちなみに、茅渟とは、現在の大阪府南部、昔で言う和泉国(いずみ・のくに)の海ってことやじ。」
稲飯(いなひ)「イツセの兄上や、傷ついた兵士たちが傷を洗ったことで、海の色が赤く染まったかい(から)、それにちなんで、血沼(ちぬ)となったみたいやな。」
イツセ「そ・・・それで、茅渟と書かれるようになったわけは、な・・・なぜだ?。」
ミケ「仏教が入ってきて、血が穢(けが)れとなったんでしょうな。それまでの我が国には、血に対しての穢れ感はなかったのやも・・・。」
サノ「兄上! それは納得できませぬ。穢れを祓(はら)う禊(みそぎ)は、神代(かみよ)の頃からあるのですぞ。」
ミケ「ま・・・まあ、諸説ありってところやな。ちなみに、チヌはクロダイの別名ともなっていて、大阪湾は古来より、クロダイの豊富な海なんや。それで、チヌの海と呼ばれてたという説もあるみたいやじ。」
そのとき、長兄のイツセが雄叫びを上げた。
イツセ「慨哉(うれたかきや:残念だ)! わ・・・わしは・・・ますらおでありながら・・・卑(いや)しい賊の手にかかり・・・仇(あだ)も討てずして死ぬとはっ!」
サノ「あ・・・兄上!?」
稲飯(いなひ)「兄上が雄叫びを上げたので、この地は、男水門(おのみなと)とも呼ばれるようになったっちゃ。現在は天神の森とも呼ばれ、それを守護する目的で、男神社(おのじんじゃ)が建ってるっちゃ。」
ミケ「男神社は、今の大阪府は泉南市(せんなんし)男里(おのさと)にあるっちゃ。『おたけびの宮』とも呼ばれてるっちゃ。」
イツセ「そ・・・そういうことで、さらばだ・・・。」
サノ「あ・・・兄上?!」
イツセ「・・・ガクッ。」
サノ「あにうえぇぇぇ!!!」
彦五瀬命は、こうして息を引き取ったのであった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?