見出し画像

たびたび私はタヌキになる。

激しい頭痛で目が覚めた。
頭を触りながら起き、時計を見ると午前10時過ぎ。
病院は午後からだ。
もう一眠りしようと横になる。
アレルギー症状の鼻水まで出てきた。
頭は痛い。鼻は出る。喉がイガイガする。
横になったもののあまり深い眠りには出会えなかった。

結局、薬を飲もうと起きる。
時計は正午過ぎ。
アレルギーと頭痛の薬、そしていつもの薬を飲んだ。

それからは私のリビングの定位置で横になった。テレビを見ているような聞いているような…。
『病院が3時からだから出発は2時半』
どこかに貼り出されているかのようにその事だけはずっと頭から離れない。
今日は父も母も家にいる。
みんなで観ている1時からの韓国ドラマが始まった。
私は観ているような観ていないような…頭の痛みと鼻水に苦しみながら過ごす。
そのうち目を閉じてタオルを顔の上に乗せて少しまどろんだ。

本当にまどろんでいる時は身体の苦しみも貼り紙の文句からも解放され楽になれる。
でも、深い眠りではない。
ほんの少しの意識が夢の世界へ誘われるが
殆どの意識は現実に留まっている。
それもそうだ。
今日はやらなきゃいけない事がある。
でも身体は動きたくないと訴えてくる。
身体ではなく本当は私自身がそう思っているのかもしれない。
正解はいつも分からない。
だから私は結局、自分が楽な方に逃げるからだと責める。
数え切れないほど繰り返している私の負のルーティンだ。

この病気になってから私はいくつかの技を会得した。
その一つがタヌキにも負けない狸寝入りだ。
そしてその狸寝入りの時にはよく私に対しての会話を耳にする。
今日もそんな日だった。
別に今に始まった事ではない。
どんなに側にいようと
どれだけ長い時間を共に過ごそうと
どんなに分かって欲しくて言葉を交わそうと
どれほど私の事を分かりたいと思ってくれたとしても
分からない
それが答えだ。

父と母が会話していた。
病院には行かなくていいのか。
何で具合が悪いんだ。
今日は行かなきゃいけないんじゃないのか。
そう問いかける父に母は答える。
仕方ないよ。

何も間違っていない。
母の結論は正しい。
父よりも長い時間を私と共に過ごし、会話をして見守ってきた母の中での答えはいつの日からかそうなった。
でもその仕方ないを聞くたびに心が痛くなる。泣きそうになる。私にはプラスの意味の仕方ないにはどうしても聞こえない。
諦め、呆れ…そんな色が深く濃いからだ。

父は続ける。
ハローワークも行かないし。もう行っても行かなくてもどっちでもいいけど。

どっちでも良くないくせにそう言う。
ハローワークで失業保険申請をしない私に怒っている。
だから久しぶりに父の機嫌は悪い。
家の中のオーラが変わっているから気付いてしまう。

だから私は狸寝入りを続けた。
聞いていないフリをした。

もう一つ、私が会得したものは具合が悪いフリだ。
学生時代、今のように家から出られない時にはよくその能力を発揮した。
時には37度くらいの熱なら出せるようにまでなった。


薬のおかげで頭の痛みは少し和らぎ楽になったけど
私はそのまま寝続けた。
いや、寝続けたフリをした。

結局、母が今月も薬だけ貰いに病院へ行ってくれた。
次は来て頂かないと薬が出せませんと先生からは念を押された。
はい、分かっています。私も伺いたいんです。
そう思っても行かなければダメなんです。
心療内科って理不尽だ。
サボっているわけじゃないのに意地悪だ。
ここでボヤいても何も変わらない。

父の機嫌が悪い。
だから私は今日1日殆ど父の前で喋らなかった。
具合が悪い設定だ。

父が眠った後、母に聞いた。
「明日も具合悪いフリした方がいいかな?」
「何で?」と普通に質問される。
「お父さん機嫌悪いでしょ。」
「自然でいいんじゃない?」
そんな返事が返ってきた。

「だってハローワークに行かないのに元気いっぱいで私が過ごしてたらお父さんは何で行かないんだって思っちゃうでしょ。
具合悪そうにしてたらなんで行かないんだと思ってても具合悪いから仕方ないかってまだ思ってくれるでしょ。」

頭の回転の速い母なのに返事はすぐには返ってこなかった。
「そう…なんかねぇ…。」
「でも仕事辞めて元気になったってお父さん喜んでたよ。」

「それはハローワークに行かなきゃいけない状況になる前だったからじゃない?
なんで行かないんだって思ってるのに私が行けそうなくらい元気だと期待させてしまう。」

返事は返ってこなかった。

だから私はしばらく具合が悪いフリをして
狸寝入りをしなければいけない。

父の中のイライラした気持ちを母に少しでも吐き出してもらって楽になってもらう為に。
聞いていないフリを私はしなければいけない。

だって元気な人には家から出られないなんて分からないから。
それは仕方がない事。
当たり前の事。
自然の摂理だ。

それが私の仕事。
それが私の役目。
こんな娘を持った父に対して私が出来る事。
たいした親孝行は出来そうにないから
せめてもの私の気持ちだ。
タヌキもびっくりするような見事な狸寝入りを披露しよう。


仮にサポートを頂けましたら大変貴重ですので大事に宝箱にしまいます。そして宝箱を見て自分頑張ってるねと褒めてあげます(〃ω〃) ♪