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走る事に目覚めた日

ランニングをするのが好きだ。
好きになった理由は実に単純で、「皆より速く走れたから」だ。

私が小学生の頃は、普通に毎年「長距離走大会」なるものがあった。
小学校1年生のときから毎年、11月か12月くらいに開催されていたと思う。寒い時期だ。児童の大半が嫌がるやつですよ。

日本って、箱根駅伝を初めとしてマラソン人気はなかなかなものやと思うのに、イマイチ若者には競技人気が無いよね。
「見る分にはいいけど、自分がやるのはちょっと…」系のスポーツなんだろね。マジ、しんどいし。
「苦手な子」が「無理やり走らされる」って構図がよろしくないってのも分かる。

私は小学校に入り、初めて長い距離を走らされたわけだが、特に楽しさも抵抗もなかった。
学校で言われた事はやらなければいけないと思っていたし、なんせ1年生の幼い子どもである私は当然、疑問など感じなかった。


事件は小学2年生のときに起きる。
当時、同じクラスでなんとなく仲良くしていた女の子がいた。一緒に帰っていたし、家にも来た事があった。

その子に、長距離走大会当日の朝、
「ねぇ、一緒に大会休まない?」
と、持ちかけられたのだ。

私は
「えー!理由がなくても勝手に休んでいいんだぁ、知らなかったぁ」
と、単純に思って
「いいよ。」
と、答えた。

別に走る事は嫌じゃなかったけど、「一緒に」って言われたので、誘われるがままに乗っかったのだ。

大会が始まる前「見学の子はこっちに並んで」と、先生に言われた私は、その子と走って前に出て並んだ。
その子は楽しそうだったから、私もなんだかウキウキした。
しかし、先生がそのあと
「見学の理由を言ってください」
なんて言うもんだから、私は愕然とした。

「えー!!理由なんてないよ!理由なきゃダメだったの!?」
と、なり、私を誘った子はなんと答えるのだろうとドキドキした。

私の隣にいたその子は、先生に尋ねられると実に流暢に
「朝からお腹が痛いんです。」
と、答えた。

「えぇー!!!聞いてないよーー!!!」
と、隣で焦る私。私は朝から健康そのものだった。
何より、その子が「平然と嘘をついた」というのも衝撃だった。人は、こんなに簡単に嘘をつくのかとショックを受けていた。

私の番になったが、私は何も答えられなかった。嘘はつけなかった。学校で嘘などついたことがなかったからだ。
先生に顔を覗きこまれ、涙をためて俯くしかできなかった。

その後の記憶はない。理由がないから走らされたのか、無理強いせずにそのまま見学できたのか、全く覚えていない。
しかし、その子とはそれから遊ばなくなった。
もしかしたら転校してしまったのかもしれないが、それも覚えていない。

さて、そんな事があった翌年。小学3年生の私。
大会は毎年あるので、3年生でももちろん大会が開催される。

運動会も終わり、次は長距離大会だなぁ…と思うような寒い時期に、母が突然、
「明日から、お兄ちゃんとママと一緒に走らない?」
と、誘ってきた。

へ?なんで?と、思ったが、兄の運動不足解消のために付き合ってほしい、的な理由を言われて、「なるほど」などと思ったような気がする。

そんな訳で、学校から帰宅したあとに、3人で近所をぐるっとランニングすることとなった。
我が家の回りは登山道の近くにあったこともあり、坂道だらけである。長い長い100段くらいの階段もあった。
しかし、毎日の登下校で歩いていたこともあったからか、私は物ともせずにトントンと登っていけたのだった。

母はそんな私の姿を見て、
「キクトモちゃん、本気でやれば速くなるかもよ?」
と、嬉しそうに言ってくれた。

そして、単純な私は〝真(ま)に受ける〟のである。


その年の大会で、私は目覚めてしまったのである。
普段、クラスで目立たずボーっとして先生に注意されていたようななんでもない私は、3学年女子の中で10位に入り、みんなの前で賞状をもらったのだ。
足が速く、目立つような女子ばかりの中で、一人どチビな私は並んで立っていた。
なんとも言えない感動と興奮が身体の中を駆け巡っていた。

大会中も、スタートで速くて全然追いつけなかった背の大きな子たちを、後半になってどんどん追い越していくのがすこぶる気持ち良かった。
みんなハァハァと苦しそうな息をしてるのが不思議に感じるくらい、私は楽に息をしていた。

そう、それは私が走る事に目覚めた瞬間だった。


それから、私はすっかり走る事にハマり、毎年入賞できるようになる。中学では陸上部がなかったが、学年選抜で市の陸上大会に出場できたりした。
長距離は高校まで続け、駅伝で関東大会まで出れた。いい思い出だ。


今ではすっかりタイムも落ちて速く走れなくなってしまったが、私の数少ない「取り柄」は大切に続けている。今でも楽しい。


こうして続けられたのも、小学3年のときに母が何の気なしに誘ってくれたからだと思っていたのだが、随分大人になってからあの日母が私を誘った理由を知らされる事となる。

私が友人に誘惑されて長距離走をサボろうとしてしまった2年生のとき。
母はその日のうちに担任から連絡を受けていたのだった。

「何を聞いても答えてくれなかったんです。」
と、母は電話で言われたそうだが、私にはその事を話さなかった。サボろうとした事を責めたりもしなかったのだ。

母は「走るの嫌だったのかなぁ…」と感じたらしく、翌年の大会前に自信をつけさせようと、私を誘ったのだ。本当は、兄ではなく私を走らせようとしたのだった。
友人とは違う、とてもいい「嘘」であった。


もし、あの時、私が悪い誘いに乗ってしまった事を後悔していたのにも関わらず、母に追い討ちを掛けられたら長距離が大嫌いになっていたかもしれない。知らぬ間に挑戦しててよかった。

まぁ、母がどこまで考えて行動したのかは分からんのやけどね。

親って、子の人生に大きく関わるような危うい瞬間を、もしかしてたくさん通り越しているのかしらと思った。

おー、こわ。


#育児日記


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