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愛の道

合気道のクラスに行く。
みんな一列に並んで正座。
先生はイギリス人。
生徒もみんなイギリス人。
日本人はぼくと
道場の奥に飾られた植芝翁先生の写真だけ。
スウ先生、アンディ先生、ピエロ、タージ、ファビオ、アントン。
みんな袴を着けた有段者。
ぼくは始めたばかりの初心者。
ぼくのからだはひとまわりも、ふたまわりも小さい。

スウ先生は道場主。
この道40年以上のマスター。
合気道は力を使いません、ナイフとフォークを使うだけの力で十分です。
スウ先生は真顔で言う。
でもみんなの腕は丸太みたいに太くて
料理されるのはぼくのほうだ。

スウ先生が合図を出すと
生徒たちは道場の隅々に散る。
黙々と技をかけあう人々。
響きわたる畳を打つ音と、
片言のアリガトウゴザイマシタ。
見知った光景なのに
知らない誰かの夢を見ているみたいに不思議な気分。

合気道は愛です。
相手の気に心を合わせるのです。
スウ先生は諭すように言う。
謎めいた言葉はちっとも核心がつかめないけれど
ぼくの心をとらえて離さない。
煙に巻くような言い回しが不思議に懐かしいのはなぜだろう?
考えるより先にぼくは何度も投げ飛ばされる。
謎は体で会得するしかないようだ。

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聞耳です。ありがちですが、こちらに来てから日本の文化を見直して合気道を始めました。そろそろ1年以上は続けていますが、回りは長年の経験者ばかりで、ずっと初心者の気分です。

日々ロジックや理屈めいた議論ばかり続けていると、謎に満ちた日本語がキラキラと光り輝いてぼくの感性を刺激してやみません。曖昧さや不明瞭な事象が軽んじられる昨今ですが、時に謎を謎のまま受け入れてしまう文化を抱きしめたくなる気持ちに駆られます。

聞耳牡丹

#詩 #散文詩

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